2011年のIT分野では、一時代を築いた人物が次々とこの世を去った。その中でも特に大勢に影響があったのが、言うまでもなくスティーブ・ジョブズ氏だ。その「すごさ」に学ぶ組織論とは。
2011年を振り返ると、実にさまざまなことが起きた。言うまでもなく東日本大震災、原発事故がもっとも大きなインパクトがあり、1月にグルーポンのおせち騒動が起きたことが、とても昔のことにように思えてくる。そして、IT分野では、一時代を築いた人物が次々とこの世を去った。その中でも特に大勢に影響があったのが、言うまでもなくスティーブ・ジョブズ氏である。
彼の功績については、その死後からこれまでで語られ尽くした感がある。パーソナルコンピュータ、コンピューターグラフィック、そしてスマートフォンなど、30年以上にわたってあらゆる分野で革新を起こし続けたことに対して「偉大」という言葉では足りない。多くの人がそうであるように、私自身もそのニュースを聞き、自らのコンピューター史を振り返り、心にぽっかりと穴が開いたような思いにとらわれた。
その喪失感から落ち着きを取り戻したいま、1つ気になることがある。それは彼の功績を「すごかった」で終わらせてしまって良いのかという点だ。感動的なスピーチ、見事なプレゼンテーションの印象も相まって、得てして「優れたビジョンとパッションを持ち合わせた巨人」のごとく語られることも多いジョブズ氏だが、特にiモードとiPhoneの歴史を重ね合わせて振り返ると、ものづくりに賭ける情熱以上に、極めて冷徹な優れた戦略を見て取ることができる。
その経緯とてん末、つまり日本のIT勢から見れば一種の「敗戦」から何を学びとるか――がこれからの日本のITの行く末にも大きく影響すると筆者は考えている。このタイミングで、その要点を整理しておきたい。
ウォークマンを生んだソニーやiモードを生み出したNTTドコモは、なぜiPhoneのようなイノベーションを起こすことが出来なかったのだろうか?
1999年に登場し「携帯電話でインターネットを利用する」という新しいライフスタイルを定着させたiモード。そのサービス、コンテンツを提供するサードパーティと収益を分け合うそのビジネスモデルは、2000年代前半の日本を、世界をリードするモバイル先進国せしめた。
その先進性は、スマートフォンシフトが進む現在においても「おサイフケータイ」「ワンセグ」といった機能が、海外ではいまだ十分には立ち上がっていないことからも明らかだ。iモードに端を発する日本の携帯電話は、単にインターネット接続を統合した段階から、決済システムや、放送といったインフラにその領域を拡げていったのだ。
端末メーカー各社も、競って新機能を開発、搭載し、ハードウェアの面でも世界トップレベルを走っていたことは間違いない。ところが2008年のiPhone日本上陸をきっかけに、携帯電話市場は海外製スマートフォンへの転換が進むことになる。2002年ごろからは、iモード自体の海外展開も図られたにも関わらず、だ。
この間、国内端末メーカーは携帯電話開発から撤退、あるいは他社との合併を選んだ。功成り名遂げたCP(コンテンツプロバイダ)の多くが、事業売却や縮小を行ったのも記憶に新しいところだ。
筆者は「iモードの生みの親」の1人である元NTTドコモ執行役員の夏野剛氏に、この点を繰り返し取材している。また、氏の刊行した書籍『iPhone vs. アンドロイド 日本の最後の勝機を見逃すな!』にも解説を寄せているが、夏野氏はその中で以下の2点を変化の理由として挙げている。
詳しくは書籍を参照してほしいが、海外キャリアへの出資を低く抑えるという経営方針(内部要因)と、国による販売奨励金の廃止(外部要因)によって、フィーチャーフォン、いわゆる「ガラケー」は海外に展開することなく、国内でも急速に勢いを失っていった。
そしてこの間、スティーブ・ジョブズ氏率いるAppleでは、iモードのサービス、端末ハードウェアの綿密な研究が進んでいたことが関係者の証言によって明らかになりつつある。電話にインターネットをアドオンした形で進化を続けたガラケーに対して、スレート型コンピューターの進化の1つの形として登場したiPhoneは「電話としては使いづらい」と揶揄(やゆ)されながらも、支持を拡げていった。
その経緯は、かつて太平洋戦争の開戦当初、圧倒的優位を誇った零戦を徹底的に研究し尽くし、その弱点(機動性は良いが装甲が弱かった)を突いた戦闘機(F6Fヘルキャット)を開発した米海軍とも重ね合う。つまり、日本のIT勢はパーソナルコンピュータ以降、もしかすると世界を席巻できたかもしれないこの分野で再び敗れたのだ。その歴史を知ると「iPhoneやそれを生み出したApple、そしてジョブズ氏は素晴らしい」と単純に褒めそやす気持ちに果たしてなれるだろうか。
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