ジョブズはすごかった、で終わらせないための組織論2011年を振り返る(3/3 ページ)

» 2011年12月29日 11時30分 公開
[まつもとあつし,Business Media 誠]
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歴史は繰り返す――1984再び

 TRONの生みの親として知られる坂村健氏は、ジョブズ氏の業績を評して「正しい独裁」と呼んだ。(時代の風:「正しい独裁者」の死=東京大教授・坂村健 - 毎日jp

 製品のデザインから、その機能までジョブズ氏の承認なくしては世に出ることはなく、たとえWebでデファクトとなっているFlashでさえ、iOSではサポートを拒むなど、その苛烈なリーダーシップは、時として「独裁」という受け止められ方さえされてしまう。

 一つ皮肉な事象がある。ジョブズ氏がAppleを創業して「Macintosh」というパーソナルコンピュータを世に問うたのは、コンピューターの世界をほぼ独占していたIBMに対する一種のアンチテーゼだった。当時のテレビコマーシャルにもそれがよく現れている。

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 IBMを巨大な支配者として位置づけ、それを打ち破るイメージで熱狂的なファンを惹き付けたその歴史は、最近のWindows PCを揶揄するコマーシャルにも受け継がれている。

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 さて、現在、コンピューター市場におけるMacintoshのシェアは5%を超えて伸び続け、それ以上にスマートデバイスの代名詞ともなったiPhone/iPadは圧倒的な地位を占める。スマートフォン市場におけるOSのシェアではAndroidの猛追を受けているが、アプリ販売プラットフォームとしては、実質iOS抜きでは成立し得ない状況だ。アプリは必ずAppleの審査を経てからでなくては提供できず、それを嫌うハッカーとのいたちごっこ(iOSのシステム脆弱性を利用し、審査を経ないアプリやOSのカスタマイズを可能とするJail Break=“脱獄”と呼ばれる手法は、iOSのバージョンアップの都度、Appleはそれを防ぐ手立てを打つ)は続いている。

 かつて巨大な勢力に対するオルタナティブ(選択肢)としてその存在感を確立したAppleは、気がつくと、その立場が逆転してしまっているのは、流転する歴史の必然と呼べばよいのだろうか?

 ややアカデミックな話になってしまうが、一言にイノベーションといっても、それを起こすための手法はさまざまだ。ジョブズ氏のそれは、実現したい「世界観」に対して、できるだけ関わるプレイヤー(利害関係者)を少なくし、一気呵成にそれを成し遂げる、いわばクローズドなものだ。もちろんクローズ=ネガティブとは言えない。特に新しい市場を作ったり、挑戦者の立場で市場に参入するにあたっては定石とも言える手法だろう。「正しい独裁」の「正しい」が評価される場面である。

 一方で、その試みが成功し、一定以上のシェアを確保すると「独裁」の弊害の部分が大きくなっていく。ユーザーの心地よさとは別に、そのプラットフォームで収益を得られるプレイヤーはごく少数にとどまり、クローズドな環境では、恐竜的進化よろしくその速度と、進化の多様性は失われていく。

 異論もあるところだろうが、筆者は、すでにiPhoneやiPadはその登場以来、大きくは変化していないと感じている。クラウド、ソーシャル、NFCなど非接触センサーを使った決済システムなど、サードパーティーや外部のインフラとの連係が必須となる領域にスマートデバイスの進化の段階が進む中、クローズドな進化ではもはや限界がある、というのが自然なとらえ方ではないだろうか?(「日本の三大携帯電話キャリア、NFCの世界標準対応で合意」TechCrunch Japan

Windowsが支持されたのは、マイクロソフトが一定のレギュレーションを提示し続けたからだ

 もちろん、いたずらにオープンなイノベーションが勝者となるとも断言できない。オープンを標榜するAndroid陣営は、OSの頻繁なアップデートの結果、複数のバージョンのOSを搭載したAndroid端末が市場にあふれ、ユーザーとメーカーを混乱させている。部品調達といった面でもAppleに優位を与える結果となっている。

 ジョブズ氏がその晩年に精力を注いだスマートデバイスという新しいコンピューティングの世界は、Appleの主導によって急速に拡大したのは間違いない。この市場がさらに多様性を増して発展するかしないかは、そこにオープンな形でのイノベーションが生まれるかどうかにかかっている。その段階では先ほど「敗れた」と表現した日本勢の巻き返しにも期待したいところだ。


感傷を越えて

 Appleにも死角がないわけではない。パフォーマンスを追及し、独自CPU(A4、A5)を採用したことは、シェアが少しでも下降傾向になれば、歩留まりが悪くなり、現在の「高品質、低価格」という絶妙なバランスを保てなくなる。このことは、ソニーがプレイステーション3で採用したCELLのてん末にも通じる。

 何よりも、そのチップセット周りの部品の多くを提供しているのは一部でAppleとの訴訟合戦に発展しているサムスンなのだ。ジョブズ氏の逝去によるイノベーションの停滞はリスクの一部しか示していないことにも注意は必要だろう。

 このように、スマートデバイスという新しい市場を巡る争いは、デザインが優れているから勝てる、ユーザーの意見を聞かずに自らの理想を実現したから勝てる、といった甘いものではなく、片手で握手しながら反対側の手で殴り合う非常に苛烈な段階にある。

 対して、日本メーカーはその戦いの中に現在ほぼ居ないに等しい。筆者は韓国サムスンの元関係者にも話を伺ったが、デザインにおいても、日本製品の研究は終わっており、もっぱらユーロ圏の製品のテイストに如何にそれを近づけるか、が課題であるという。

 この記事では、なぜ「私たち」はiPhoneを生み出せなかったのが、主に組織論から考察してみたが、仮にここに至っても「ジョブズはすごかった」という感傷――もっと言ってしまえば、敗戦直後のダグラス・マッカーサーに対する畏敬にもそれは似る――から抜け出せなければIT分野における「日本の復興」は期待できないであろう。

 ジョブズ氏の死去を契機に感傷を越え、日本のIT産業の「敗因」つまり「失敗の本質」を的確に分析しておくこと。つまり、それこそが当事者や関係者に求められていることではないだろうか。

著者紹介:まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。9月28日にスマートフォンやタブレット、Evernoteなどのクラウドサービスを使った読書法についての書籍『スマート読書入門』も発売。1月25日に東京・秋葉原のデジタルハリウッド大学大学院にて第二回『スマート読書入門』出版記念セミナー「ブクログの仕掛け人と考える、ソーシャルメディアと読書の未来」も予定している。


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