ジョブズはすごかった、で終わらせないための組織論2011年を振り返る(2/3 ページ)

» 2011年12月29日 11時30分 公開
[まつもとあつし,Business Media 誠]
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天才の真似はできない

 「Stay hungry, Stay foolish」というフレーズは、ジョブズ氏のスピーチの一節として余りにも有名になった。だが、iPhoneが生まれるまでの経緯、その投入タイミングを見るにも、ハングリーであったとしても決して愚かではないことが良く分かる。(余談だが彼に限らず、著名人のコメントは自らの本質を隠す方向で表出することも多いので、注意が必要だ)

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 ジョブズ氏率いるアップルを支え、後継者となったティム・クック氏にも注目しなければならない。ジョブズ氏復帰後のアップルも、必ずしも全ての商品が大ヒットとなった訳ではない。よく言えば意欲作、悪く言えばファンも首をひねるような失敗作も出している。

 それでも、経営が傾くことがなかったのは、クック氏の優れた流通施策が貢献しているところが大きい。「これ」と決めれば独断で、自らの信念を信じて製品をまとめ上げるジョブズ氏と、その生産数から部品調達、流通販売網に至るまで計算し尽くしてそれを世に送り出すクック氏の二人三脚が近年のAppleの屋台骨を支えた。(さらに余談だが、Apple創業からの“もう一人のスティーブ”であるウォズニアック氏の功績もなぜか語られることが少ないのは不思議だ。ジョブズ氏はイノベーターをプロモートすることにその本質があるのではないか、とすら思えるのだが)

 その結果、Apple製品はかつて高級品であったにも関わらず、現在ではWindows陣営を下回る価格で魅力的な製品を提供することにも成功している。徹底した製品ラインの絞り込みと部品の大量調達は、歩留まりの良さを生み、価格面でも十分すぎるほどの競争力をAppleにもたらした。

 さて、ここでよく語られるのが、日本にもジョブズ氏のような天才が生まれるべき、という意見だ。筆者の周囲でも、氏のプレゼンテーションスタイルを真似たり、スピーチのフレーズを座右の銘に挙げる人も多いが、果たしてかくも偉大(という言葉でも足らない程の)な人物の表層を真似るだけで、その本質に到達できるものかという点にも甚だ疑問を感じている。

 既に、氏の追悼記事などで繰り返し言及されているように、Appleを創設後、自ら招き入れた経営陣によって一度は追放され、コンピューターグラフィック分野(ピクサー)で成功し、それを原資として再びAppleに返り咲いたジョブズ氏。その内面には単なる成功者では獲得できない複雑な経験と資質が蓄積されている。その結果だけを真似るのは常人にはとても不可能だし、むしろ不健全だと筆者には思えてしまう。

ソニーはなぜiPhoneを生めなかったのか?

ソニーのPDA、CLIE「PEG-T600C」。オーディオ再生機能を標準搭載していた

 100年に一度とも言える「天才」再来への待望は、個人の趣味であればさておき、産業全体として考えたときには確率が低すぎる。では、一般的な組織では彼のようなイノベーションを生み出すことは出来ないのだろうか?例えば、よく例に挙げられるのが、ウォークマンで音楽プレイヤー市場を席巻しながら、iPhoneを生み出せなかったソニーへの疑問だ。

 筆者は、1995年から2005年までソニーの経営を執った出井伸之氏の手法をやはりこのタイミングで振り返っておく必要があると考えている。氏がソニーの舵取りをしていた時期は、奇しくも先ほど触れたiモードが躍進した時期とほぼ一致する。日本が、モバイルコンピューティングで世界をリードしていたタイミングだ。


2012年7月のイベント「スマートな経営のためのラウンドテーブル」に登壇した出井伸之氏(クオンタムリープ代表取締役ファウンダー&CEO、ソニーアドバイザリーボード議長)

 代表取締役に就任し“Digital Dream Kids”をコーポレートスローガンに挙げた出井氏は、それによって機能や役割が重複する製品が出てくることも厭わず自社製品のデジタル・インターネットシフトを強力に唱え、推進した。PC事業に再参入し、VAIOブランドを立ち上げ、マイクロソフトと業務提携するなど、ハードウェアからソフトウェアに事業の軸足を移そうとする試みも氏の号令のもと数多く行われた。2003年のBMG2005年のMGM買収はコンテンツと自社製品・サービスとのシナジーを狙ったものだ。

 ソニーの「ものづくり」を弱体化させた、という批判も根強いが、その後のAppleの躍進と比較しても、出井氏のアプローチは大枠では間違ったものではなかった。ファブレス(自社工場を持たずに、その都度最適な生産拠点で製品を製造する)であり、iTune Storeというサービスとハードウェアを密接に連係させ、コンテンツホルダーからの作品獲得に努めるAppleの方法論をむしろ先取りしたものであったと言える。

 それではなぜ? という最初の質問に立ち戻らざるを得ない。筆者の取材した限りでは、組織とリーダーシップにその理由を求める声が多い。出井氏が社長に就任する直前、前任の大賀典雄氏が行った組織改編によって、ソニーは8つのグループに分社化し、カンパニー制を取っている。各カンパニーのボード(経営陣)に大幅に権限を委譲することで、組織間調整に囚われず、革新的な商品を生み出すことを狙ったものだった。

 実際、各カンパニーの強みを生かしたユニークな製品も生まれた。しかし一方で、例えば似た機能を持つ録画機が3機種(スゴ録・コクーン・PSX)ほぼ同時期に発売されるなど、販売現場では混乱も見られた。システムとしての分社化は、一時他社にも拡がりを見せるなどもてはやされたが、ソニーはその後その弊害を修正すべく、組織変更を繰り返さざるを得なくなる。

 「システムとしての分社化」と言ったことにご注意いただきたい。ソニーを創業した井深大氏、そして芸術家でもあった大賀氏に対し、出井氏は大学教授の父を持つ家に生まれ、ソニーでも海外営業が多く、いわゆる「事業家肌」ではなかったと評される。そんな出井氏は、大賀氏からの遺産でもあるカンパニー制を「システム」として企業統治に活用したように、いまジョブズ氏の統治の在り方と比較すると感じられる。

 ゲーム事業を進めていた久夛良木健氏が、任天堂との協業を取りやめ、当時は途方もないチャレンジにも思われた独自ゲームプラットフォーム事業を、当時社長の大賀氏に提案したとき、大賀氏は周囲の反対を押し切り「実現できるかどうか、証明してみろ!Do It!」と言って、それを認めたという有名な逸話がある。氏のセンスとカリスマが遺憾なく発揮された瞬間でもあっただろう。

 繰り返しになるが、このプレイステーションの立ち上げや、いくつかの意欲的な製品群の登場からも「分社化」そのもののアプローチは大枠では間違っていなかった。ジョブズ氏のような一人の巨人の登場を待たずとも、ある分野で特定の才能とモチベーションを持つ人物をリーダーに据え、それを資金や管理部門などリソースの共有で支える、ということは可能なのだ。サッカーでも日本を特徴付ける「組織力での戦い方」とも言えるだろう。

 ただし、そこには欠くことのできない1つの要素がある。大賀氏×久夛良木氏の逸話によく現れているように、強力にそれを支持し、また組織間のコンフリクトのリスクをとれるトップの存在だ。大手メーカーの経営陣の多くは、オーナーシップを持たず、四半期ごとにその成果を問われ、自然、短期的に分かりやすい成果が出しやすい安全策を選択しがちだ。ホールディング側の経営トップも、口ではイノベーションを求めながら、その実、リスクを恐れその芽を摘んでいることも多いのが実情だ。

 その力学を覆し、時には懐が痛むこともいとわずイノベーションを「組織で」生むためには、グループ会社の経営を担う彼ら、いわば経営初学者を支えるトップに高い能力が求められるだろう。ジョブズ氏のように製品そのものに深い理解と、強いこだわりを持つ必要はないが、短期的には業績にマイナスとなるようなイノベーションの芽を摘まずに耐えることができる胆力と、そのヘッジを他の事業で支える手腕(一言で言えば統治能力)が求められるとも言える。

 このことはベンチャー投資に対しても言えるだろう。ベンチャーキャピタルだけでなく、若い起業家にとってのメンターとなりうる経営者出身の投資家、いわゆるエンジェルの不足がよく指摘されることにも通じる。

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