一方で、会社はどうしよう。
当時、社員が7人ほどだったから、私を中心に回っていた。
そもそも、当時、会社の知名度が、経沢香保子の知名度に勝てないことは、経営者としてずっとコンプレックスに感じていた。
「このままではダメだ。個人ではなく、会社のブランドで勝負しなくては」
上場を目指すというのはどうだろう? 会社を組織化し、一流の会社になれば、それによって良い人材が集まるサイクルができ、会社として永続的に成長できるのではないか?
前々から、会社を一段上げないといけないと焦りを感じていた私は、今こそ、会社を上場させて、状況を一気に打開しようという無謀な目標を立てた。
資金調達し、本格的に上場を目指したのが、2007年。
それからの日々は、紆余曲折の連続だった。社員が大量に辞めていったこともあった。夜は眠れない日の方が多かった。個人保証付きの出資2億円を個人で補てんしたこともあった。それでもとにかく、決めたことだからと、暗闇の中を手探りでも、一歩一歩前に進んでいくしかなかった。
そうしていくうちに、さまざまな奇跡的な幸運が重なり、2012年10月、夢にまで見た東証マザーズに上場。東京証券取引所で大きく鐘を鳴らした。
「多くの著名な先輩経営者が立ったこのステージに、やっと立つことができた。これからが新しいスタートなのだ!」。そのときの私は、ようやく上場企業としての一歩を踏み出せることの喜びでいっぱいだった。
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