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» 2016年02月16日 08時00分 UPDATE

スピン経済の歩き方:テレビや新聞には、なぜ「文春砲」のようなスクープがないのか (2/5)

[窪田順生,ITmedia]

文春のスクープを紹介することが「報道」

 「文春砲」自体が「ニュース」という社会的評価を得てしまうと、それを2次使用、3次使用する「コピペ報道」が当たり前になってしまうからだ。

 ただでさえ、新聞やテレビは「記者クラブ」という便利なシステムの弊害で、官僚が配るペーパーをなんの疑いもなく右から左へコピペしていくことに慣れ切ってしまっている。そこへ「文春の早刷り」が新たに加わってしまう恐れがあるのだ。

 そんな大げさなと思うかもしれないが、すでに兆候は現われている。甘利大臣のスキャンダルが掲載された『週刊文春』の発売前日、『報道ステーション』がしれっとした顔で、「TPP立役者に重大疑惑  甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」と報道した。まともな報道機関なら、よそが膨大な時間と労力をかけた取材成果をパクり、自分の手柄のように触れ回ることなどしない。これはもはやテレビや新聞にとって、「文春の早刷り」は記者クラブのペーパーと同じ扱いになりつつあるということだろう。

 事実、今回の文春スクープをコピペした新聞やテレビの報道は700件以上。共同通信のような記事配信事業をやっていればボロ儲(もう)けだが、文藝春秋や文春記者には1円も入らない。

 つまり、タダでいただける記者クラブのペーパーのように文春の記事のコピーを片手に、甘利氏を追いかけまわすことが「取材」となっているわけだ。

 百歩譲って、ベッキーやら芸能人のスキャンダルはまだいいとしても、政治報道でこういう「コピペ報道」が常習化するというのはかなり問題だと思っている。

 ご存じのように、テレビや新聞というのは「報道機関の本分は、権力の監視」なんてもっともらしいことをいって、記者クラブ、許認可の電波事業などさまざまな特権を得ている。新聞などは「自分たちが弱体化すると権力が暴走するから軽減税率を適用せよ」なんてことまで主張されている(関連記事)。それが自前では、ろくに権力の不正を暴くことができず、「週刊文春によると」ばかりになってしまうと、国民としては「あんたら、いったい何してんの?」という疑問が当然浮かぶ。

yd_kuota2.jpg (出典:週刊文春WEB

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