中野電車区事故の教訓 鉄道施設公開イベントで何を学ぶか?杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/5 ページ)

» 2016年09月16日 06時30分 公開
[杉山淳一ITmedia]

「要請書」が示す恐るべき危険

 産経新聞の記事を読むと「子どもがうっかりノッチ(アクセル)を操作したけれど、職員の機転で事なきを得た」で済んだように見える。しかし要請書は詳細に危険を指摘している。

東日本旅客鉄道労働組合から東日本旅客鉄道東京支社へ提出された「要請書」。「東京駅100周年記念Suicaは45億円の特別損失」も気になるが…… 東日本旅客鉄道労働組合から東日本旅客鉄道東京支社へ提出された「要請書」。「東京駅100周年記念Suicaは45億円の特別損失」も気になるが……

 このイベントは運転室を見学させるだけではなかった。「ブレーキ音を聞かせたかった」と、車止めまで8メートルしかない中でブレーキを緩め、ノッチを投入させていた。つまり、3歳くらいの子どもはうっかりノッチに触れたのではない。ノッチの角度に勢いが付いてしまっただけだ。職員側に「電車を動かそうという意思」はあったと読める。

 ただしこの記述は曖昧だ。聞かせたかった「ブレーキ音」は、車輪を止めるための「キー」という音だっただろうか。私は少し善意に解釈して、「ブレーキ操作に使う圧縮空気が抜ける音」つまり「プシュー」という音を意図していたと考える。そうでないと手歯止を使った理由が説明できない。しかしパンタグラフを上げて通電していたという状況もある。動かすつもりがあったか、なかったか。要請書は通電させ、電車が動く状態にしていたことが問題だと指摘している。

 車庫で電車を動かすというイベント自体は違法ではない。営業しない線路を使った運転体験は、いくつもの鉄道会社が実施している。車両基地公開で最も人気なイベントの1つだ。それは徹底した安全管理が前提である。安全管理を徹底するために、運転体験用の線路と営業用の線路を分離している会社もある。もちろん、動く電車のそばには近寄れない。

 中野電車区の事案で問題になるところは、手歯止をかけた電車でノッチを入れたこと。手歯止はうっかりブレーキをかけ忘れたときの移動防止用であって、動力を使って動いた電車まで止める機能はない。今回は引きずった(押し出した)だけで済んだけれど、もし手歯止に車輪が乗り上げてしまったら、子どもたちがたくさん電車を取り囲んでいる中で、電車が脱線し傾く怖れもあった。

 さらに恐ろしいことに、こんな一文もある。

 「子供が車両の下に潜っていた」等、問題も指摘されています。

 子どもたちも保護者も、車庫に留置され、見学に使われている電車が動くなどとは思っていない。今回の電車の移動距離は約35センチだったという。もし、子どもが「車輪って大きいな、ブレーキってどれだろう」と観察し、レールに腰掛けていたらどうなったか。轢断(れきだん)されていただろう。うっかり電車が動いたどころの話ではない。これは死傷者が出かねない事案だった。

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