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» 2017年02月14日 08時10分 UPDATE

スピン経済の歩き方:「事実はひとつ」という人が、実はヤバイ理由 (3/6)

[窪田順生,ITmedia]

「事実はひとつ」発言は怖い

 いや、そういう屁理屈じゃなくてトランプの就任式におしかけた「人数」なんてのは、誰が見ても同じものなんだから、「オルタナティブファクト」なんて言い逃れはおかしいじゃないか、という方もいるだろうが、そのような「人数」の問題さえも、異なる視点のもとでは、まったく異なる事実になってしまうことは、さまざまなケースが証明している。

 例えば、以前この連載で触れたが、安保反対デモの主催者が参加者を「12万人」だと発表したものの、警察がその4分の1程度の数だったと発表したことがあった(関連記事)。航空写真での見え方と、実際にそこにいた人々がカウントした人数に激しいギャップがあるのは、過去の反戦集会でもみられた傾向だということを指摘したら、平和を愛する人々から、「いい加減なことを言うな、このネトウヨめ」とかボロカスに叩かれた。人は同じものを見ていても、考え方が異なれば、目の前の「世界」もまったく違って見えるものなのだ。

 なんてことを述べたものの、もちろんさまざまなご意見があるだろう。バッカじゃねえの、こいつはとんでもない歴史修正主義者だとかいろいろ悪口も言われるのだろうが、こういう罵詈雑言も含めた自由な議論すらできない国がある。

 それこそが、全体主義だ。

 分かりやすいのは、北朝鮮だ。総書記がシロと言えば、黒いモノでもシロとなる。「黒でしょ」と言った者は強制労働所へ送られる。ここには「オルタナティブファクト」なんて言葉すらも存在しない。つまり、「事実はひとつ」なのだ。

 ここが怖いところなのだ。

 北朝鮮が建前的には平和を愛する理想な国ということになって、自分自身がそうであると信じて疑わないのと同じことで、実は平和を愛する人々もそういう傾向がある。

 例えば、先の安保デモで警察発表と主催者発表の違いを指摘された方たちは、トランプの顧問のように「我々はオルタナティブファクトを述べたまでだ」なんてことは口がさけても言わない。警察発表が「嘘」であって、自分たちが述べたことが「事実」だと絶対に屈しない。

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