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» 2017年02月14日 08時10分 UPDATE

スピン経済の歩き方:「事実はひとつ」という人が、実はヤバイ理由 (5/6)

[窪田順生,ITmedia]

ジャーナリストの仕事は「事実」を伝えることではない

 そういう歴史の教訓があるので、戦争に明け暮れた欧州では「ひとつの事実」だけに捉われず、多様な見方をすることが推奨される。その象徴が、「戦争学」という学問だ。軍事利用される研究を大学側がボイコットするような日本の大学でこんな学部ができたら、ラップで喉を枯らす人たちや、タイコを打ち鳴らす人々でキャンパスが占拠されそうな感じだが、「戦争」という言葉を耳にしただけでアレルギー反応がでる『朝日新聞』にも、その存在意義がちゃんと説明されている。

 『戦争学部は、英戦略家リデルハートの「平和を望むなら、戦争を理解せよ」という理念を基にする。あらゆる学問の英知を結集して、戦争という現象を徹底的に検証する』(2015年2月20日 朝日新聞)

 「戦争」が憎くてしょうがない。「戦争」を避けるためにはどうすればいいのかを知りたい。だからこそ「戦争」の存在を認めて、「戦争」の本質を理解しなくてはいけない。こっちも丸腰だったら、ウィア・ザ・ワールドなんだからトゥギャザーできるぜ、みたいな楽観的な見方ではなく、そこには醜悪な現実世界に向き合わなくてはいけない、徹底したリアリズムがある。

 どちらが良い悪いという話ではない。反安保デモの方たちからすれば「安倍ヒトラーが戦争へ向けてまっしぐら」というのが「事実」であって、愛国心溢れる方たちからすれば、「沖縄の基地反対派は中共のスパイ」というのが「事実」なのだ。そのようなさまざまな「オルタナティブファクト」を力でねじ伏せて「ひとつ」に集約するのではなく、擦り合わせて最善の妥協点を探っていくのが、「民主主義の現実」だと申し上げているのだ。

 そういうリアリズムが一番欠けているのが、実は「ジャーナリズム」に関わる人々である。ニューヨークタイムスもワシントンポストも、よく見てみると伝えている「事実」にバラつきがある。『産経新聞』と『朝日新聞』の報じている「事実」が微妙に異なっていることを想像してもらえば分かるが、あちらは本当に同じことを取材したのかというくらい偏りがある。

 つまり、日常的に「オルタナティブファクト」を撒き散らししているのだ。そう聞くとdisっているように聞こえるかもしれないが、そうではない。

 トランプという建前が通用しないおじさんが出てきたので「偏向メディア」とか叩かれているが、実はこれこそが正しいメディアの姿だ。なぜなら、民主主義国家におけるジャーナリストの仕事は「事実」を世に知らしめることではないからだ。

ジャーナリストの役割とは……(写真はイメージです)

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