マツダCX-8 重さとの戦いを制した3列シートの復活池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)

» 2017年10月23日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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3列目の安全性を革新できるか?

 さて、CX-8はその存在価値のかなり根底の部分に3列シートがある。その3列シートの安全性について、少し意見を申し述べたい。現在日本で買える3列シートモデルは一見たくさんあるように見える。何ならBセグメントのトヨタ・シエンタやホンダ・フリードあたりからサイズごとに用意されている。これらのモデルの意義はよく分かる。年に数回だけ多人数乗車の必要があるなら、それを選ぶのも良いだろう。ただし頻繁に3列目を使うという場合はお勧めできない。特に小さいクルマではサイズの限界もあって、仮に時速50キロで後方から追突された場合、まず間違いなく3列目の生存空間は残らない。なぜなら現代の衝突安全の基本となるクラッシャブルゾーンがサイズ的に十分に取れないからだ。これは物理的な限界なので相当に難しい。

 そういう意味ではもっと大きなモデルでも事情はそう変わらない。3列目シートがオプション設定だったり、補助席のような簡易シートのクルマは推して知るべしだ。3列目の安全性には膨大なコストと手間がかかる。オプションや補助席のためにそんなコストが容認されるとは思えない。3列目の生存空間を真剣なエンジニアリングで対策しているクルマは、日本で正規で買えるという条件を付ければこれまでボルボXC90しかなかった。

ボルボXC90の骨格。構造的特徴は5種の硬度の違う鋼板とアルミを用いることで、衝突時に潰して衝撃を吸収する場所をコントロールしながら生存空間を確保している ボルボXC90の骨格。構造的特徴は5種の硬度の違う鋼板とアルミを用いることで、衝突時に潰して衝撃を吸収する場所をコントロールしながら生存空間を確保している

 XC90は3列目客室の構造材にウルトラ高張力鋼を使い、アルミ製ボックス構造のバンパーサポートと高張力鋼の荷室という2段構えのクラッシャブルゾーンを用意する。3列目のシートはクラッシャブルゾーンの分前に押し出されているため、あの図体から想像するよりずっと狭い。しかしその結果、ボルボは時速50キロでの追突においては、3列目も2列目同等の安全性を保証すると言うのだ。ちなみに日本の衝突安全試験はフルラップ(正面衝突)で時速55キロ。オフセット(運転席側に偏った衝突)で時速64キロとなっている。つまり正面衝突にかなり近いレベルでの追突安全性を確保しているのだ。そしてわれわれが注目すべきはここまでやっても時速50キロだという点だ。ではやってないクルマは何キロまで大丈夫なのか?

 この話で難しいのは、安全は大事だが、すべての安全はコストとのバランスで存在するという点だ。どこからどんな速度でぶつけられても死にたくないなら「戦車にでも乗っていろ」という話になる。ボルボの設計思想はリスペクトするが、一方で、広大な北米はともかく、日本の道路環境で、年にたった数回のために毎日1人か2人乗りであの巨体を運転するのはいくら何でも無駄すぎるし、780万円からという価格では買える人は相当に少ない。庶民の現実生活から見れば戦車に近いのだ。しかし安全を重視して本気で3列シートを使うなら、最低でも日本では不便なあのサイズが必要で、安全を買うにはお金もかかるということだ。ちなみにコストというのはお金だけでなく利便性や手間も含む。

 だから限られたケースの緊急対応用としてのバランスで考えれば、あまた売られている3列シートモデルの存在には意味があると思う。ただし、追突された場合「安全性の疑わしい席」に人を座らせているという自覚をドライバーは意識すべきだし、その利用には節度を持つべきだろう。少なくとも万一の時の速度差が大きくなる高速道路は避けるべきだ。XC90を例外として3列シートとはそういうものなのだ。

 CX-8の3列目がXC90なみの安全性を持つものとして開発されているかどうか、多分近く試乗会があると思うので、そこをマツダに確認したい。もし時速50キロでの追突時の3列目の安全性が2列目同等だとマツダが保証できるならば、それは日本車の大革命と言えるだろう。そうでなければ、こと3列目の安全性については並の日本車だということになる。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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