つまりHRテックは、この2番目のフェーズに入った段階で、自動的に経営の問題と直面することになるのだ。経営と人事に距離があり、経営戦略と組織戦略がきちんと連動していない企業の場合、HRテックの導入はうまくいかないだろう。
例えば、経営戦略は変わっていないのに無意味に組織だけを変える企業や、経営戦略が変わったのに部署(組織)が同じままだったり、採用基準もそのままという企業などだ。
日本の場合、人事部門の位置付けは企業によって大きく異なっている。人事部門が採用のみならず、評価や異動に対して強い権限を持ち、組織戦略の中核になっているケースと、新卒の一括採用など全社的な業務にのみ人事が権限を持ち、あとは各部門の責任者に権限が分散しているケースに大別される。
しかし、こうした認識(人事の位置付け)が曖昧で、場たり的な対応に終始することも多い。つまり、組織戦略がきちんと明文化されておらず、暗黙知という形でしか社員に共有されないのだ。このような状態でHRテックが本格的に導入されると、少々厄介な事態となる。
戦略が暗黙知のままでは、AIが推薦した採用や昇進の候補者について、管理職が論理的に解釈したり説明することが難しくなる。AIが出した結論は無視する形で前例を踏襲するか、あるいは深く考えることなくその結論に従うかのどちらかに分かれてしまうだろう。
AIが導き出してきた予想もしないプランを評価するのは人間であり、それを採用するのも、無視するのも人間である。組織としてAIの知見を上手に活用するためには、基本戦略は常に明示的に示される形式知(暗黙知の反対を意味を持つ経営学上の用語)になっている必要がある。いわゆる「あうん」の呼吸でコンセンサスを得ていくような、昭和型の組織では、HRテックは十分に効果を発揮しない可能性がある。
しかし、こうした課題をクリアして、HRテックの導入がスムーズに進めば、企業における人事部門はより経営に近い存在となり、体制のスリム化が進む可能性が高い。仕事の大半はシステムが担当するようになり、人事の仕事は、AIシステムの管理やアルゴリズムの調整など、データサイエンティスト的な要素が強くなるだろう。近い将来、人事に求められるスキルは、今とはまったく違ったものになっているかもしれない。
仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。
野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。
著書に「AI時代に生き残る企業、淘汰される企業」(宝島社)、「お金持ちはなぜ「教養」を必死に学ぶのか」(朝日新聞出版)、「お金持ちの教科書」(CCCメディアハウス)、「億万長者の情報整理術」(朝日新聞出版)などがある。
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