公務員の安定を捨てて独立する――。希望の道に進むのは素晴らしいことではあるものの、そのプロセスは決してバラ色ではない。独立を切り出したとき、妻や母、職場の上司など、「周囲」はどう反応したか。35歳で公務員を辞め、フリーライターになった小林義崇さんに、当時の苦悩を振り返ってもらった。
「なにを考えとるんね!」
それが私の母親が示した最初の反応だった。大学卒業以来13年間を東京国税局の職員として勤めた私が、フリーライターになろうとしている……。そのことを、地元福岡に帰省したときに「私の妻」が打ち明けたのだ。
それは、まったくの不意打ちだった。ライターとして独立するという決断は、妻には伝えていたものの、母親には、「先行きが具体的になったら話そう」と先延ばしにしていたのだ。
妻がこのような形で母親に秘密を打ち明けたのは、やはり「公務員を辞めないでほしい」という気持ちがあったからだろう。2人の子どもを抱える専業主婦である彼女は、当然ながら私の独立に反対していた。おそらく、意見を聞き入れない私をなんとかしてもらおうとの必死の思いから母に話したのだと思う。その気持ちはよく分かるし、申し訳ない思いだ。
緊迫したひとときが終わり、私が実家から戻ってからも母の心配は止まなかった。「まだ間に合うから考え直して」「家族の生活を第一に考えなさい」といったメールが送られてくる。後から知ったことだが、仏壇に向かって私が考え直すよう、毎日祈っていたようだ。
私は、母子家庭に育った長男であり、多額の奨学金の返済も背負っていた。住宅ローンも抱えており、決して気軽にキャリアチェンジできる状況ではなかった。母は息子が安定した公務員になったことで安心していたため、私の心変わりを受け入れられないのも当然だ。だからこそ、私も母には相談できずにいたわけだが……。
それでも、その時点で私はすでに独立する意思を固めていたため、結局その後フリーライターに転身した。しかし、その結論を出すまでには、実は3年間にわたる迷いの日々があったのだ。
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