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» 2018年06月06日 08時00分 公開

35歳でフリーライターになった元公務員が踏んだ「修羅場」独立を告げた時、「周囲」はどう反応したか(5/5 ページ)

[小林義崇,ITmedia]
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初月の収入は「20万円」 家族4人は養えず

 どうにも、自分の動き方が定まらない――。そんな入学したばかりの学生のような日々が続き、やがて8月を迎えた。ふと思い立って7月に働いた分の収入を集計してみたところ、その額は約20万円だった。「独立したらお願いしたい」といわれていた仕事の結果だ。未経験からライターになった初月としては決して悪くない数字だと思う。しかし、家族4人で生活するには足りるはずもない。わずかな自信と大きな不安を同時に感じた。

 そんなタイミングで、国税職員時代によく相談していた先輩にメールをした。久しぶりに近況報告がてら飲みたくなったのだ。しかし、メールを送ってしばし待ったが返事は来ない。その後、1日、また1日と時間は流れたが、結局返事が来ることはなかった。

 返事のない理由は、今も分からない。単にメールを見落とされたのかもしれないし、疎まれたのかもしれない。あるいは私の想像できない事情が何かあるのか――。ただ、変な話だが、返事が来ないと悟ったときに初めて、自分がもはや東京国税局の職員ではなく、まったく別の人生を歩いていることを強く実感した。それはちょっとした寂しさとともに、「自分で立って生きていく」覚悟が本当の意味で決まった瞬間でもあった。

母親が口にした「国税職員を辞めて良かった」

 もうじき、公務員を辞めて1年だ。今は、「フリーライター」という仕事が、生き方が、自分に合っていると感じている。当たり前のように取材をし、毎日記事を書く日々。退職前は想像もできなかった仕事も受けているし、たくさんの人と出会っている。収入は十分とはいえないまでも、ようやく月収レベルでは国税職員時代に追い付いてきた。こうした現実を、自らの行動により勝ち取ってきたことに、静かな自信も感じている。

phot 組織から離れて「自由」に見えるフリーランスという立場も決して「バラ色」ではない

 先日、母親から「国税局を辞めて良かったかもしれんね」という電話があった。それは、森友学園の問題で佐川宣寿国税庁長官(当時)が国会で追求されていたころだった。あの一連の騒動で、母の中での「国税職員」の位置付けが変わったようだ。もしかすると母は、私が国税職員を辞めた理由をずっと探していたのかもしれないが……。

 時間は常に一定方向に流れていて、決して戻ることはない。そして人の気持ちは変わってゆく。私が今になって思うのは、ここに至るまでたくさん迷ってきたが、結局はその時々の自分の気持ちに従うほかなかったのだな、ということだ。これからも、おそらくさまざまな問いに向き合っていくのだろうが、“自分で選ぶ”ことだけは、放棄せずにいたいと思う。

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