正体不明の楽器「Venova」は、どのようにして生まれたのかあの会社のこの商品(2/4 ページ)

» 2018年08月27日 07時45分 公開
[大澤裕司ITmedia]

なかなか日の目を見ない分岐管理論に着目

「Venova」を企画したヤマハの中島洋氏

 分岐管構造とは、円筒管を分岐させることで円錐形管楽器の音響特性を実現するもの。東京工業大学学長、日本音響学会会長などを務めた実吉純一氏(故人)が1977年に発表した、円錐形管楽器の音響特性は円筒管を分岐することで近付けることができるという「分岐管理論」を応用したものだ(音響学講演論文集, Oct. 1977, 1977)。

 分岐管理論がはじめて応用されたのは、1993年に同社から発売されたシンセサイザー「VL1」。サクソフォンの音源が、分岐管理論によってつくり出されている。「VL1」は音を合成することで楽器の音色をつくることにこだわったものだが、サクソフォンのような円錐管楽器の音色は計算が非常に複雑で当時のCPUやメモリーの性能ではできなかったことから、簡略化できる近似値式として見つけ出したのが分岐管理論だった。開発当時、原理試作をつくり検証したところ、サクソフォンに近い音色が出ることが確認されている。

 ただ、分岐管理論はその後、生かし方がなかなか見つからなかったことから、実際に使われることはなく、日の目を見なくなっていった。その存在を知る者も、ごく一部の技術者に限られるようになってしまった。

 中島氏が分岐管理論を知ったのは09年ころのこと。当時は木管楽器の設計グループに所属していたが、別の部門で音孔(おんこう)を小さくして管楽器の音を小さくするための改良に活用を試みていることを知ったのがきっかけだった。なお、この試みは結局、音域が狭くなり楽器として成り立たなくなることからお蔵入りになった。

 そんな分岐管理論が「Venova」に使えると思ったのは、円筒管楽器は円錐管楽器と異なり、細くできる上に音孔もある程度の大きさまでは指でふさげるからだ。分岐管理論を生かして円筒管を分岐し音色をサクソフォンに近付け、音孔に指が届くようクネクネ曲げれば、円錐管楽器で使われているキイやパットといった音孔をふさぐパーツの使用が最小限で済み、低価格とメンテナンス性の向上が実現する。音量や音域はひとまず脇に置き、シンプルでコンパクトな上にメンテナンスが楽な楽器として成り立つところまで活用してみることにした。

「Venova」が完成するまでさまざまな苦労があった

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