東急の鉄道分社化で「通勤混雑対策」は進むのか杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/5 ページ)

» 2018年10月05日 07時30分 公開
[杉山淳一ITmedia]

持ち株会社の役割はグループ全体の統治

 鉄道事業と他の産業の違いを説明するために、「持ち株会社制度とは何か」をおさらいする。持ち株会社は文字通り、子会社の株式を保有する会社だ。単なる親会社と違い、子会社の全株式を保有する。

 持ち株会社と事業会社の関係は、消費者、利用者からは分かりにくい。例えば、キッコーマンブランドのしょうゆ、みりんなどを製造・販売する会社は「キッコーマン株式会社」ではなく、「キッコーマン食品株式会社」だ。キッコーマンはキッコーマン食品の持ち株会社である。ただし、持ち株会社のグループ戦略としてキッコーマンブランドを管理しているため、広報や顧客サポートなどはキッコーマンが行っている。ちなみにケチャップの「デルモンテ」ブランドを展開する日本デルモンテの持ち株会社もキッコーマンだ。

 持ち株会社制度を採用する理由は、主に各事業の独立採算と企業統治のためだ。独立採算の制度としては、事業部制、社内カンパニー制もある。ただし、それらの制度では資本まで分割しない。事業部制は地域やサービスごとに事業部を設置し、業績管理や予算策定に必要な権限を与える制度。カンパニー制では、疑似子会社として社内カンパニーを設置し、企業内で競争して利益を追求する。この2つの制度は、リーダーの育成や従業員にコスト意識を徹底させる効果もある。ただし、どちらも同じ会社の中だから、待遇は全社共通の水準になる。

photo 事業部制とカンパニー制の違い。事業部は専門分野や業態ごとの部署ユニット。カンパニーは事業部に管理権限を移す疑似会社を構築する

 持ち株会社制度は、各事業部門を子会社として独立させる形になる。子会社は事業の特性に応じて独自の人事制度や事業計画を策定し、予算と実績を管理する。従来の親会社・子会社という関係との違いは企業統治だ。親会社は子会社に対し、配当利益を要求する。そのために株主提案も行う。しかし、100%出資ではない場合は、他の株主の提案もあるため、最終的には子会社の経営判断になる。持ち株会社制度では、持ち株会社がグループ全体の経営戦略を策定し、100%株主として子会社の経営に関与していく。そのグループの強みをもって、持ち株会社が株式を公開し、出資を募る。

 つまり、分社化といっても「グループ本体から事業を切り離す」ではない。事業会社の機動力を高めて、グループ全体に貢献させるのが目的だ。

 鉄道事業は、勤務体系や設備投資、維持費用などが一般的な会社と異なる。そもそも、不動産、流通部門と同じ枠組みで運営しにくい事業だ。鉄道事業専業会社として独自の運営ルールを策定させつつ、持ち株会社はグループ全体の利益になるように意思決定し、実行させる。

 東急電鉄の鉄道事業は子会社化されるけれども、東急グループの持ち株会社の経営方針にのっとって事業が行われる。利用者から見れば、これまでと変わらない。

photo 親会社・子会社制と持ち株会社制の違い。親会社・子会社の関係では、親会社は株主として配当の拡大を求める。または自社企業との連携を要求する。子会社は親会社の承諾を得て、他の出資者を募って資金調達できる。持ち株会社は全て100%子会社とし、資金調達は持ち株会社が行う。グループの司令塔として子会社の経営に関与し、グループ全体の価値を高めていく

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