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ガンダムの月面企業、アナハイム・エレクトロニクスの境地元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(5/5 ページ)

» 2018年10月10日 06時00分 公開
[鈴木卓実ITmedia]
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政治工作による紛争の創造

 1年戦争は、地球に居住するアースノイドとコロニーに居住するスペースノイドとの戦争という側面もあった。その争いに、地球連邦寄りではあったものの月面都市が巻き込まれた。1年戦争後、アナハイムはジオニック社等を吸収したことで、戦前よりもスペースノイドとの距離が近くなった。アースノイドに全面的に与したのでは、真っ先にスペースノイドによる報復の対象になる。一方で、地球連邦と全面的に対立することはできない。技術力はともかく、物量やマンパワーにおいて、一企業が地球連邦政府と事を構えるのは不可能である。地球連邦が存在してこその権益もある。

 「機動戦士Zガンダム」では、アナハイムは、地球連邦政府の地球至上主義勢力ティターンズに対抗するエゥーゴを支援した。エゥーゴは反地球連邦組織の英語略ではあるが、実際には地球連邦内の反ティターンズ派閥であり、月がティターンズに支配されることを防ぐには格好の支援先だった。

 地球の強権が行き過ぎてコロニーとの全面戦争にならないよう配慮する一方、最大のお得意様である地球連邦との関係を維持しつつ、自社の利益と地球連邦の軍事予算確保のために適度に紛争に加担する。それがアナハイムの政治工作の基本方針である。利益がなければ研究開発に巨費を投ずることはできないし、地球連邦の軍事予算が少なければ、MS量産による規模の経済が発揮できない。良い武器をより安く提供し続けられなければ、アナハイムは存在意義を失う。

 倫理や道徳はともあれ、アナハイムが生き残りをかけた戦略をとっていたと解釈すると、一方に依存しないアナハイムの行動は理解しやすい。どちらの勢力からもつぶされない、必要悪の存在としてギリギリの均衡を演出したのだ。宇宙という、居住スペースの一歩外は大気のない死の世界であることも、リアリスティックな行動に結び付く。

 ジオンMSの技術レベルは1年戦争当初、アナハイムにとって想定外だった。その事実を受け入れ、自社にない技術をどん欲に取り込み、研究開発を重視して、他社の追随を許さない境地に至った。一企業の生き残り戦略が1年戦争後の宇宙世紀の歴史を創っていく。

 日本企業からアナハイム・エレクトロニクスは生まれるのか。現実主義的な感覚、ときに生き残るための非情さ、研究開発力など課題は多い。しかしながら、そのような企業が台頭してこなければ、日本の産業に漂う閉そく感を破ることができないのもまた真実である。

著者プロフィール

鈴木卓実(すずき・たくみ)

たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。ガンダムと同じ年齢(1979年生まれ)。新潟生まれ仙台育ち。仙台育英学園高等学校出身。地元での仮面浪人を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。2003年、日本銀行に入行後は、産業調査や金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年より現職。経済家庭教師や各種セミナー(個人向け、企業向け)、経済・金融や健康リテラシー向上のための執筆、アドバイザーなどを通じて情報発信を行う。楽天証券トウシルにて「数字でわかる。経済ことはじめ」、東洋経済オンラインにて「あの統計の裏側」を連載。


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