WORK MILL: ここまでのお話で、アダプティブ・チャレンジに向き合うことの重要性や、そのプロセスに“対話”が不可欠であることがよく理解できました。一方で、それらが難しく、痛みを伴い得る行為であることも、伝わってきました。課題と真正面から向き合う克服するために、私たちには何が必要なのでしょうか。
宇田川: 残念ながら、恐怖や痛み自体を取り除くことはできません。それらと向き合うこと自体が、アダプティブ・チャレンジの大切な要素でもありますからね。ただ、難しい課題に向き合う環境を整えるという意味で、苦しい時にリトリート(避難)できるコミュニティ――サードプレイスがあるかどうかは、とても重要な要素だと思います。
WORK MILL: リトリート?
宇田川: そうです。居場所が一カ所しかないと、人間はそこで大きなリスクは取れません。うまくいかなかったときに、ほかで誰かに相談できる人がいることは、心強い支えになります。具体的な相談できなくても、逃げられる場所があるだけでもいいんです。
そういったコミュニティーにおいて大事なのは、短期的な利害関係がないこと。マウンティングがなく、正直に話せることです。皆でおいしいものを食べながら、歓談できるような感じで。
WORK MILL: 心理的安全性が担保された場所、ということでしょうか。
宇田川: 心理的安全性は、結果として生まれるものです。それを人為的にやろうとすると、変な感じになります。「心から安らげる、何でも話せる場所をつくろう!」って、うさんくさいでしょう?(笑)
WORK MILL: 何となく心地よくて、自然と正直に話せるようになったコミュニティーが、結果的にその人にとって「安心できる場所」になると?
宇田川: それが望ましいですね。目的ありきではなく、皆に愛されるような場所だといいですね。
私はアニメなどのコンテンツは詳しくないのですが、たまにコミケ(※1)には足を運ぶんです。組織論の研究者として、あのコミュニティーには感心してしまいます。「これが次世代の組織、これからの社会の在るべき姿じゃないかな」と思うくらいに。
WORK MILL: それは、どういったところで?
宇田川: お客さんが1日に20万人くらい来るようなイベントを、ボランティアスタッフがメインで切り盛りしてるんですよ。イベント運営を専門に手掛ける企業とか、プロがやろうとしたって困難な規模です。それがずっと続いている。
「なぜそんなことが可能なのか?」と中をのぞいてみると、スタッフだけではなくて、参加者の一人一人がコミケという場を大切に思い、それぞれが場づくりに参加しているんですよ。皆が好きで「この場所がなくなったら困る」と思っているから、自分たちでどうしたらいいか考え、自制をして行動できている。
コミケが持っているのは「参加を促す物語」。一人一人が参加して、皆でつくっていく物語なんですよね。あんな風な物語が、これからの社会の中でも紡ぎ出されていってほしいなと、私は思っています。
※1 コミックマーケット、年に2回行われている日本最大の同人誌即売会。2018年に夏に東京ビッグサイトにて開催された「コミックマーケット94」では、3日間でのべ55万人の入場者数を記録した。
働き方改革や組織変革といったテーマに対して『多義性の問題』、『対話』、『アダプティブ・チャレンジ』など多くのインプットや示唆を3回にわたり宇田川先生からいただきました。テクノロジーの進化やビジネス環境の変化が激しい現代社会において個人や組織に求められることは、それらを扱う「技術・スキル」ではなく、もっと根本的な「人」としての姿勢や在り方ではないか、と受け取りました。それは、主体性や自分を改めること、相手や課題と向き合うことなど、一見簡単なようですがとても難しく、痛みを伴う、まさに人間力への問いではないでしょうか。
人間力を鍛えながら、個人や組織がどのような物語をつくり、これからの社会を紡いでいくか、私もイチ企業人として自分から新しい物語をつくっていきたいと思います。余談ですが、中編のモーセと神の対話のエピソードは個人的にとてもツボでした。(山田)
「アダプティブ・リーダーシップ」について
ロナルド・A・ハイフェッツ、マーティ・リンスキー(野津智子訳『最前線のリーダーシップ』英治出版)
ロナルド・A・ハイフェッツ、マーティ・リンスキー、アレクサンダー・グラショウ(水上雅人訳『最難関のリーダーシップ』英治出版)
コミュニティの在り方について
ジグムント・バウマン(奥井智之訳『コミュニティ』筑摩書房)
(テキスト:西山武志 / 写真:岩本良介 / イラスト:野中聡紀)
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