この記事はティネクトのオウンドメディア「Books and Apps」より転載、編集しています。
ネットで文章を書き続けられるのは、「人の怒りについて、鈍感であるから」と前に言われたことがある。
――そうかもしれない。率直さが、人を怒らせてしまうのはなんとなく知っていた。
実際、書いている文章が読まれると、称賛していただくこともあるが、それ以上に辛辣な無数の非難が、自分をめがけて飛んでくる。
「ばか」
「死ね」
「許せない」
「浅い」
……
これを見た知人から、「炎上してたね」「へこまなかった?」と言われた。「よく書き続けられるね。『ばか』って言われたら、普通、二度と書きたくなくなると思う」とも。
どうだろうか。正直に言った。――「人が何を思うかは自由だし、思ったところで、自分には関係ない」と。
すると、その方は言った。「そうなんだ。人の怒りに鈍感なんだね」。
――そういえばそうだった。それは、社会人になったとき、最初に苦労したことだった。
ネット上では、人の怒りは簡単に無視できるし、目に入らないようにするのも簡単だ。実害はない。
だが、「リアル」の場では、人の怒りについて鈍感であるわけにはいかなかった。先輩や上司たちを怒らせてしまうような人間には、仕事は回ってこず、仕事を教えてもらうことすらできない。リアルワールドでは、実害があるのだ。
ただし、自分が怒りに鈍感な振る舞いをするのは、意図したことではなく、無意識であった。同僚や部下が怒っていても、ほとんど気にならず、行き過ぎてひどく叱られてはじめて、「ああ、この人怒っていたんだな」と気付くこともしばしばだった。
仕事は、それでは困る。仕事は、相手が動いてくれてはじめて、自分も成果を上げることができるのである。だから、「相手を怒らせないノウハウ」が必要だった。
幸い、観察と慎重さによって、いくつかの有用と思われるパターンが見つかった。これらは、「無意識に人を怒らせてしまう人のための自己防衛術」だ。
人が怒るのには、ほぼ同一のパターンがあり、その地雷を踏まなければなんとかなる。リアルな場では、ひたすらそれを踏まないようにする。
逆に、ネットでは、そういったことを気にせずに、率直に書く。それで、だいぶ生活は平和になった。
人を怒らせないための「自己防衛術」の中身は、実はごくごく簡単なものだ。基本的な「人の本質」を押さえていれば、誰でも運用できるはずだ。
まず認識しなければならないのは、「人間は、批判と侮辱を区別しない」という事実だ。
多くの人は、反対意見や、提案を、「ケチをつけている」と認識し、それを「人格攻撃」、すなわち深刻な侮辱であると捉えてしまう。
中には、この症状がひどい人もいて、批判などはもっての外。「うーん」と、その人の意見を吟味しているところを見せるだけでも、怒る人がいる。その人にとっては、全面肯定以外は、全て侮辱に聞こえてしまうわけだ。
そこで、怒りを買わないために、まず、コミュニケーションは、100%肯定を前提とする。自分の意見を述べる方法は、直接話す以外にいくらでもあるため、これでも実際は全く問題がないのである。
余談だが、会社によっては例外的に「健全な批判」が可能であるケースもごくまれにある。実際、そういう環境にいたときは、仕事がすごく楽だった。
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