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» 2019年05月29日 11時00分 公開

Books&Apps:正義の心で怒る人たちは、なぜ幸せになれないのか (1/3)

怒りの感情は扱うのがとても難しい。怒りに飲み込まれ、怒りの狂信者とならないために私たちがすべきこととは?

[高須賀,Books&Apps]

この記事はティネクトのオウンドメディア「Books and Apps」より転載、編集しています。


 怒りはとても扱うのが難しい感情だ。

 なぜ、怒りは人を狂わせるのか? ――この構図をキッチリ認知できれば、これから生きていくのがずいぶん楽になることだろう。

 そんなわけで、今回は「怒りが人を狂わせるシステム」について考えてみた。

自分の正義は相手の正義ではない

 人はさまざまなことで怒る。

 失礼な扱いを受けたり、他人と比較して不平等なことを押し付けられたり、不快な気分にさせられたり――というようなことが代表例として挙げられるだろう。

 怒りというのは、実は割と簡単に原因を見つけ出せる感情だ。それもあって、怒っている人の多くは「怒っている原因を口に出していること」が非常に多い。

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 怒っている人は大抵の場合

「相手が悪いのだから自分が怒るのは当然であり、むしろ自分は被害者である」

というロジックにとらわれていることが多く、そこから

「被害者である自分は、相手の不手際のせいでこんなにも不快な感情にさらされている」

「だから、相手が謝るのは当然のことであり、自分の怒りは正しいことなのである」

というような態度をとりがちである。

 もし、今、あなたが怒っているのなら、まず、これがそもそも間違っていることに気が付かなくてはいけない。

 ちょっと考えてみてほしい。確かにあなたの世界においては、あなたの正義は絶対かもしれない。

 けれど相手の側に立ってみれば、当然だけどあなたの正義は絶対でも何でもない。

 人には人の数だけ正義がある。「あなたに正義がある」ということは、当然ながら「他人には他人の正義がある」ということを指し示している。

 だから、あなたの側からみれば「相手が悪い」が本当だとしても、相手側から見て「相手が悪い」ということにはなるはずもない。

 確かに、あなたの怒りの感情は本物だろうし、あなたが不快な気分にさせられたのは本当のことだろう。

 けれど、そこで「自分の怒りは100%正しい。だから相手の行いこそが悪であり、自分の怒りは正義である」という風に、自分の怒りに正義を見いだしてしまった人は、簡単に怒りの狂信者となり、狂いを加速させていくこととなる。

 このように、怒りと正義に飲まれ、狂ってしまわないために私達が成すべきことは一つだけだ。それは、「怒りと正義という感情をセットにしない」を徹底することである。

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