そうして1年が過ぎた頃、イノベーション推進部の部長も兼務する人事発令が出て、2つの組織の兼務となった。
「イノベーション推進部」という部署名を聞いて、てっきりAIやIoTなどを使った先進的なITの取り組みができると思っていた野村氏だが、着任した部門で目にしたのは、イノベーションとはかけはなれた光景だった。実際には標準化の考えに照らして「うちでは扱えないから」とこぼれてきた案件を、限られた時間と予算の中で何とかやりくりしていたのだ。
「イノベーションといっても未来志向ではなく、既存のシステム開発のスキームに載せにくい案件が『よく分からないから、そっちでお願い』と、ただ回ってきているだけでした。しかもトップからは『とにかくイノベーションしろ』とプレッシャーをかけられ、ユーザー部門からは『われわれが出した要望は、いつになったら実現できるのか』と迫られる状況の中、炎上案件の火消しに追われる毎日だったのです」(野村氏)
こんな状況ではイノベーションを起こすどころの話ではない。そこでまずは、既存案件の火消しに最優先で当たり、それと同時に、少しずつイノベーションの実現に向けた種まきをしていった。
メンバーに変革マインドを持ってもらうために最初に行ったのが、『イノ推 五輪の書』というガイドラインの策定だ。「五輪書(ごりんのしょ)」とは、戦国時代末期から江戸時代初期に活躍した剣豪、宮本武蔵が記した兵法書。野村氏は同書の体裁を借りて、以下のような形でイノベーション実現のためのマインドセットを示した。
しかし、こうしたマインドセットが現場に浸透するまでにはやはり時間がかかったという。当時、イノベーション推進部で働いていたメンバーの1人は、当時を次のように振り返る。
「それまでは、会社の中期計画からブレークダウンした事業計画があり、それを粛々とこなすのが私たちの仕事でした。それが野村さんが着任してからは、いきなり五輪書のようなものを打ち出されたわけですから、『これは一体何だろう』と戸惑ったのを覚えています」(イノベーション推進部スタッフ)
だが、五輪書の理念は徐々に現場に浸透していったという。野村氏がマインドセットをベースにメンバーの意識をそろえることの重要性を粘り強く説き続けたことも奏功したが、何より野村氏自らが炎上案件の火消しの先頭に立ち、泥臭い仕事をこなすこと中で、現場からの信頼を獲得していったことも大きかったという。
この五輪書の内容は、常に最新の市場動向やビジネス環境、社内事情に即応できるよう、毎年、更新を加えている。「これもまた、マインドセットを現場に根付かせるための重要なポイントの1つなんです」(野村氏)
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