「ミニ四駆」誕生の舞台裏 プラモデルとクルマの幸せな関係ものづくりの歴史(4/6 ページ)

» 2019年08月30日 05時00分 公開
[小林昇ITmedia]

RCカーブームとミニ四駆

 スーパーカーブームとほぼ同じ76(昭和51)年、タミヤは初の電動ラジオコントロールカー(RCカー)「ポルシェ934 ターボRSR」を発売する。さらに2年後にはRCのオフロードカー、1/12XR311コンバットバギーを発表。これは砂地などでも走行させることができるということで、米国西海岸を中心に大ヒットした。

 一方でRCカーは車体本体に送信機、受信機などを加えると軽く2万円近い価格になってしまう。それでは子どもはなかなか自分の小遣いで買うことはできない。何とかもっと低価格で手軽に遊べる車のプラモデルが作れないかということでタミヤが考えたのが、ミニ四駆だったのだ。コンセプトは四輪駆動であり、子どもの手が出せる金額にすること。組立は極力簡素化して、小学生にも作れるようにすることであった。

 最初のキットは82(昭和57)年7月、RCでも人気のフォード・レインジャー4×4とシボレー・ピックアップ4×4の2点で、いずれも実車を模型化したものだった。ともに単三乾電池2本と小型モーターを内蔵して、かつてのスロットレーシングカーや、RCのように手もとで出力調整をすることはできない。価格は当時500円だった。タミヤ期待の新商品だったが、最初はなかなか売れなかったという。

 試行錯誤の末、たどり着いたのが、実物の車のスケール化ではなく、もっと子どもに受け入れられる架空でもよい、コミカルかつ魅力的な車体デザインにすること、オフロードのような走行性を重視するのではなく、スピードに特化し、ゲーム性を高めることの2点だった。

 そうして86(昭和61)年に発売されたのが、レーサーミニ四駆の第一弾となるホットショットJr.だった。これは前年の85年4月に発売されて大人気となったRCカー、ホットショットの外観をまねたものだった。このホットショットJr.がデパートイベントで紹介されると、瞬く間に子どもたちの間で話題となり、またこの時期「コロコロコミック」でマンガが連載開始されたこととも相まって、大ヒットとなった。昭和の終わりから平成にかけて、ミニ四駆はひとつの社会現象となった。

photo タミヤ 1/24 スポーツカーシリーズ ポルシェ ターボ RSR 934 イェーガーマイスター(タミヤのWebサイトより)
photo タミヤ 1/32 ミニ四駆PRO No.24 ホットショットJr. (MSシャーシ) 18624(amazonより)

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