「世界一真面目な労働者は日本人」と触れ回っては、いけない理由スピン経済の歩き方(5/5 ページ)

» 2019年09月03日 08時00分 公開
[窪田順生ITmedia]
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「終身雇用は日本文化」と触れ回ってはいけない

 この「転職有害キャンペーン」はまたたく間に、日本全国の教育現場に広まった。例えば、1936年の神戸市高等小学校編さん『職業読本 男子用』を見てみよう。

 『一旦就いた職業といふものは、例へ少しくらゐ自分の意に充たない點があるにしても、選職の當時、家庭の事情や職業界の情勢等から推量して結局それが最も妥當であると考へて求めたのであるから、謂はば、其の職業は神様から自分に與へられた天職である(中略)人の仕事が羨ましくなったり、他の職業の長所ばかり見て之に憧れたりするのは、つまり転職に対する自覚が足らないからである』

 『些細な難苦にも堪へ切れないで泣いて親元へ帰つたり、少しばかり嫌気がさしたとか、又は目前の虚栄や利懲に惑わされて、転々として職をかへるやうでは、何年たつても安住の世界は得られない。昔は「石の上にも三年」といふ諺があつたが、世の中が複雑になり、文化の進んだ今日では、三年はおろか十年の辛抱でも尚不足を感ずる程である』

 いかがだろう。会社を辞めようとする若者を説教するパワハラ上司の言っていることと丸かぶりではないか。

 つまり、1920年くらいまで「腰掛け仕事」が当たり前だった日本人が、「仕事を辞めるのは悪いこと」と強迫観念を抱くように変貌したのは、文部省による「教育」の賜物であり、それが戦時体制でさらにビタッと国民に刷り込まれ、現在に至ると考えるべきなのだ。

(写真提供:ゲッティイメージズ)

 という話をすると、決まって「今の労働文化を、そんな昔のことと結びつけるのは強引だ」とか「なんでもかんでも戦時体制のせいにするな、この反日サヨクめ」とか怒る人たちがいるのだが、客観的事実として、日本の終身雇用や年功序列など日本企業の特徴的なスタイルはすべて戦時体制下につくられているのだ。

 いずれにせよ、「社畜」が日本人固有のカルチャーではなく、ごく最近の「教育」の賜物だとすれば、まだ希望がある。かつて文部省が「転職有害キャンペーン」をしたように、「教育」で変われる余地があるからだ。

 そのための第一歩として、まずはメディアや専門家が、「終身雇用は日本文化」とか「世界一真面目な日本人労働者」という、妄想のようなセルフイメージを触れ回ることをやめるべきではないか。

窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。


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