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ANA常務に聞く人材育成競争の“死角”とは――「ダイバーシティを目的化しない」人気の強制「修羅場」道場に密着【後編】

» 2019年10月30日 05時10分 公開
[日比野恭三ITmedia]
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 グローバル化によってビジネス現場では常に変化が求められるようになり、日本企業にも変化に対応できるだけの人材の多様性が必要になっている。新卒一括採用によって同質的な人材を採り入れるだけでは、刻々と変わる状況に対応することはできない。人手不足が叫ばれる中、まさに「人材獲得競争」だけではなく、人材の「育成」競争にも拍車がかかっている。

 そんな中、全日本空輸(ANA)は、社員がバレーボールチームの監督として高校生や大学生をまとめていく体験をすることによってリーダーとしての資質を高める社外の人材育成プログラム「文武両道場」に、自社やグループの幹部候補生を派遣している。文武両道場に参加させることによって職場の通常業務では得られない経験をさせ、人材を育成している取り組みについては、記事の前編「ANA社員が「女子高生バレーチーム」の監督に!? 謎の人材育成プログラム「文武両道場」に潜入」でレポートした。

 ビジネスの在り方やモデルが複雑化し、従来の事業を継続しているだけでは生き残っていけない状況が日本の大企業の間にも広がっており、ANAの取り組みはいわば社内の人材育成だけでは情勢に対応できないことを物語っているようにも見える。

 記事の後編では、ANAで人事の責任者を務める常務の國分裕之氏に、「文武両道場」に参加した狙いを深堀りすると共に、現在の働き方改革をどのように捉え、ANAの人事や採用にどんな課題があるのか、いかにして乗り越えようとしているのかをインタビューした。國分氏はこれまで人事部長やANA人財大学長などを務め、経営者の育成に長く携わってきた「経営者育成のスペシャリスト」だ。

 経営幹部を育てるには、順を追って段階的に育てなければならないし、階層ごとの教育も欠かせない。これまで社内でMBA的なビジネススクールを開催したり、選抜研修を実施したりとさまざまな育成の取り組みを実施してきた。國分氏に経営者育成の要点を聞くと、ダイバーシティの重要性や「他流試合」の必要性が浮かび上がってくる。

photo 國分裕之(くにぶ・ひろゆき) 全日本空輸取締役常務執行役員。入社以来、羽田空港、整備部門、勤労部、運航部門、全日空商事にて人事・労務に携わる。2012年よりANA人事部長(兼)ANA人財大学長、16年より取締役執行役員人財戦略室長、グループCWOを務め、ANAグループの人財戦略、D&I推進、健康経営などを精力的に推進した。本年より、広報部・貨物事業・総合トレーニングセンターを担当。1958年埼玉県生まれ

管理職研修だけでは不十分

――人材育成プログラム「文武両道場」にANAの社員を参加させるようになったのは、どのような経緯だったのでしょうか。

 この研修には、去年初めて参加しました。今後の活躍に期待する人を集めて、選抜研修のような形で活用しています。2019年は、初任管理職、いわゆるマネジャークラスの人財が対象です。すでに1年ほどかけて管理職研修を実施してきたのですが、頭では分かっていても、すぐにアクションを起こすのはなかなか難しい。職場ではどうしても実業務が第一優先になりますし、私たちの目も届きません。

 「文武両道場」は、これまでの研修で学んできたことや、職場で起こしてほしい行動を、日常から離れて集中的に実践する場として位置付けています。

――受講生がバレーボールチームの監督になるという点がユニークですね。

 実は私自身、10歳から55歳までバレーをずっとやってきたんです。社会人チームの監督も務めましたし、小中高と全ての年代のコーチも経験しました。バレーは、誰か1人いい選手がいればできるスポーツではありません。役割分担があって、チームワークが大事です。

 また、ミスのスポーツとも言われていて、監督として見ていると、失点の原因と改善の方法がよく分かるんです。タイムを取ったり、メンバーチェンジをしたりと、すぐに手を打てる。小さな組織をマネジメントする経験を積ませる場としてはちょうどいいスポーツだと思います。

 そういった人財育成の場がないものかと思っていたところに、このプログラムの存在を知りました。これはドンピシャだ、と思いましたね。今年からは講師の1人に加えてもらい、ANAの社員以外も含めた受講生の動きを見て、私にできる範囲でマネジメントのアドバイスをさせていただいています。

photo バレーボールの監督として高校生や大学生をまとめていく体験を通して経営者としての資質を高める「文武両道場」に参加したANAの山谷宏美さんと学生たち(記事の前編「ANA社員が「女子高生バレーチーム」の監督に!? 謎の人材育成プログラム「文武両道場」に潜入」を参照)

「個」に向き合うために観察力を高める

――いきなり若い女子チームの監督になるのは大変だと思いますが、講師として受講生の様子をどのように見ていますか。

 どうやって大学生や高校生の輪の中に入っていくかで、参加する社員に差がつきますね。そして輪の中にすぐに入れる人がいいとも限りません。入れなくてもキーパーソンを抑えて組織をコントロールする手法もあります。最初から技術的な指導は期待されていない中で、組織の特徴を把握し、自分は何のためにそこにアサインされたのか、どうマネジメントしたらいいのかを考えなくてはならない。

 去年も今年も、1日目を終えた時の受講生の感想は同じでした。「頭が疲れた」と。普段はなかなか考えられていないことを集中して考えたからこそでしょう。

 「文武両道場」の面白いところは、一つの学校のチームではなく、複数の高校と大学の生徒が集まった混成チームになっている点です。ANAグループは「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を出していますが、チームはまさにダイバーシティそのもの。それをマネジメントしなければならないわけですから、わずか2日間といえども非常に大きな学びになると思います。

――ANAでは、ダイバーシティ&インクルージョン宣言のもと、どのような取り組みをしているのですか?

 世間で言われているダイバーシティが指すのは、主に「女性」「外国籍」「シニア」「障害者」の積極的な活用です。もちろん、私たちもそういった人財を多く採用しています。ただ、本来のダイバーシティとはそれだけを意味するものではないとも思います。ジェンダー、年齢、価値観など、全てが含まれる。言い方を変えれば、「個」に向き合い、「個」を尊重するということです。

 私たちはいま、全体像が常に見えるようにする取り組みを進めています。全ての「個」を一度に見ようとしても見きれない。例えば1人のマネジャーが部下10人に向き合い、その上司が10人のマネジャーに向き合う。そういった意識を浸透させながら、同時に会社として仕組みを整えていく。それがITの力を活用したタレントマネジメントシステムです。

 ただ、システムは材料があってはじめて機能するわけで、その材料を集めてくるのは人間の仕事。「個」に向き合ううえでの観察力やコミュニケーション力を高めることは重要ですし、だからこそ今回の研修に参加しているわけです。

photo ANAグループのダイバーシティ&インクルージョン推進の取り組み(以下、同社Webサイトより)
photo ANAの女性活躍推進における数値目標

新卒一括採用とキャリア採用との組み合わせが必要

――多様な働き方を受容することもまた、ダイバーシティの重要なポイントかと思います。

 その通りですね。気を付けなければいけないのは、ダイバーシティの尊重それ自体が目的ではないということ。目的はあくまで、一人ひとりが明るく元気に働いて、ワークもライフも充実し、ひいては会社全体がよくなることであって、ダイバーシティの尊重はそのための手段と言えます。私たちの仕事はサービス業ですから、一人ひとりの従業員の満足があってはじめて、顧客の満足を生み出すことができる。

 そのために何ができるか。ライフにはさまざまな局面があって、育児や介護、看護など、大変な時期もある。そこは会社が仕組みをつくって、支えていくべきだと考えています。

――ダイバーシティには採用の在り方も大きく関わってくると思います。新卒一括採用の同期には多様性がない、という声も耳にします。

 採用選考時にも多様性を念頭に置いていますが、確かに、ほぼ同じ年齢層で、同じ入社試験を通過してくるわけで、そういう意味では多様性は限られるかもしれません。今後は新卒だけでなく、キャリア採用とのバランスをどう取るのかが大切だと思います。言い換えれば、前者はメンバーシップ型、後者はジョブ型。両方とも重要ですし、その組み合わせになっていくでしょう。

 ただ、多様性がないという指摘はあれど、同期の存在は非常に大きいものです。何かに困っている時や大事な判断をする時に、頼れるのは同期ですから。採用の方法が多様化していった場合、同期をどう定義づければいいのかという点は悩みどころですよね。入社のタイミングで区切るのか、年齢で区切るのか。

 ANAでは、中途採用の社員には、最終学歴に合わせた同期を紹介するようにしています。同期会に入ったほうが社内に早く溶け込めるし、人脈も縦横にできていきますからね。

――働き方改革についての考え方もお聞かせいただければと思います。副業を認めることや、労働時間の抑制が議論されている中で、この問題にANAはどう向き合っているのでしょうか。

 もちろん、私たちとしても働き方改革を推進したいという立場です。2つのアプローチをしていて、1つは効率化。ITなども活用しながら、自動化・省力化を進めることで労働時間の削減を図っています。もう1つは意識の問題ですね。どうしても有休を消化しきれず、残ってしまうといったことが起こりがちなので、意識の部分から変えていく必要があると考えています。

 同時に大切なのは、それによって生まれた余暇時間の使い方。40代以上の社員になると、せっかく業務時間が減ったのに、早く家に帰ると「もう帰ってきたの?」と家族に言われるので、つい会社で時間を過ごしてしまう(笑)。仕事以外にしたいことを持つのは、働き方改革を考えるうえでは欠かせないのです。

 何かについて勉強したいだとか、あるいは別の仕事を持ってもいいのかもしれない。先に目的があって、そのために時間をつくる、という考え方がいいのかなと思います。いまはその仕組みづくりの段階です。

photo

“他流試合”が本業に生きる

――仕事以外のところでいろいろな経験を持つことは、回りまわって仕事にも生きてきますね。

 私などは社員に対して「そういう経験をするように」と積極的に言うようにしています。本業に直接は関係ないことでもいいですし、異業種交流のようなことをしてもいい。必要とあれば、会社としてそういう場を用意することもできます。

 この「文武両道場」も、その一環と言えますよね。会社の中だけにとどまっていると、組織が同質的になり、結果としてイノベーションが生まれなくなってしまうので、あえて日常とは違う環境に出ていくことは大事です。バレーボールを通して、人を見ることや理解すること、コミュニケーションの取り方などを学び、それと同時に、違う会社の方と一緒になって監督を務めることで刺激にもなる。

 これは言ってみれば“他流試合”なわけです。だからこそ自信がつく。参加した受講生たちには、ダイバーシティが進んでいく組織をマネジメントできる人財に育つための、いいきっかけにしてもらいたいと思います。

photo 文武両道場にて、講師陣から受講生へ厳しいフィードバックがなされる「リフレクション」の風景

著者プロフィール

日比野恭三(ひびの きょうぞう)

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、また部活動やスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。近著に『最強部活の作り方 名門26校探訪』(文藝春秋)など。


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