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足かけ10年の組織変革 コニカミノルタが語る「DX推進」に必要なもの変革の最後の一手は(1/3 ページ)

» 2019年11月27日 08時00分 公開
[伊藤健吾ITmedia]
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 AI活用やDX(デジタル・トランスフォーメーション)、アズ・ア・サービス化によるサブスクリプション・モデルの導入など、テクノロジーを駆使した新たなビジネスがさまざまな業界を席巻している。今まで非IT企業だった企業群もソフトウェア開発をコア・コンピタンスにしていく必要に迫られる中、組織全体でITシフトを進めるためのステップを書き記したのが及川卓也氏の著書「ソフトウェア・ファースト」(日経BP)だ。

 及川氏は執筆に際して、ソフトウェア・ファーストを実践することで各業界に新風を吹き込んできた日本企業に取材を実施。デジタル変革のあるべき論だけではない、リアルな実情を踏まえたソフトウェア開発力向上のヒントを探った。

 今回紹介するのは、コニカミノルタがDXの一環として2018年から展開する複合機とITサービスの進化型統合プラットフォーム「Workplace Hub」(ワークプレースハブ)など、新規事業の“画像IoT”の技術開発をけん引する江口俊哉氏だ(聞き手:及川卓也)。

コニカミノルタの「画像IoT構想」とは

及川 今回、書籍を執筆するにあたってDXに取り組んでいる企業に取材したいと調査を進める中で、新しい発見をしまして。DXに本気で取り組もうとしている企業は、当該部門の中途採用ページがソフトウェアエンジニアの目線で見て、魅力ある内容になっていることです。非IT企業でも、エンジニアの価値を理解して自分たちの手で新しいプロダクトを作っていくんだというメッセージを打ち出しています。

 一方で、募集要項に「ベンダーコントロール」などの言葉しか並んでいない会社は、本気でDXに取り組んでいるのかとうたがってしまいます。実際は自社でIT活用を「手の内化」(※編注)するつもりがなく、外部パートナーに頼っているだけなんじゃないかと。

 この点で、コニカミノルタさんのIoT/ICT事業の中途採用ページはソフトウェアエンジニアの目を引く内容だと感じたので、ぜひお話を伺ってみたいと対談を依頼させていただきました。

※編注:トヨタグループで使われる言葉で、80年代に発展したカーエレクトロニクス分野の関連機能をグループ内で内製化したことを「手の内化」と記している(トヨタ公式Webサイト掲載『トヨタ自動車75年史』より)。及川氏は著書の中で、これを「自社プロダクトの進化にかかわる重要な技術を自分たちが主導権を持って企画・開発し、事業上の武器にしていくこと」と意訳しており、DX推進の重要なポイントになると述べている。


江口 あの採用ページを見て共感していただけるかどうかが、DX推進の成否を分けると思いながら作ったので、そう言っていただけてうれしいです。

江口俊哉(えぐち・としや)氏。1989年、コニカ株式会社に入社。写真印刷機器、情報機器などのシステムLSI開発やデジタルカメラ、医療機器のシステム設計に従事。ミノルタ株式会社と経営統合後の2010年、システム技術研究所アーキテクチャ開発室長としてデジタル複合機のシステムアーキテクチャ開発に携わる。その後、新規事業領域の先端技術を担うシステム技術開発センター長を経て、17年より現職

及川 早速、そのページにも「新たな戦略商品」として説明が載っている「Workplace Hub」の概要を教えてください。

江口 「Workplace Hub」事業の前提として、コニカミノルタは生業である「光学」「画像」技術を軸にしたIoTサービスを創出しようとしています。GAFAのような巨大なIT企業と差別化する意味でも、私たちの強みである画像認識技術や光学系デバイス開発の知見を生かしていこうと。そこにAIを使ったプロセッシングやディープラーニングの独自アルゴリズムなどを融合させることで、高付加価値なソリューションを提供したいというのが当社の画像IoT構想です。

 その一環として18年にリリースしたWorkplace Hubプラットフォームは、当社がお客さま企業に提供してきた複合機を情報のハブにして、オフィスのITインフラを統合するプラットフォームになります。

 見た目は複合機のようですが、各種センサーやクラウドサーバとつながって、高度なAI処理ができるプロセッシングエンジンもあり、それらをつかさどる幾多のソフトウェア群が搭載されています。ですからお客さまそれぞれの課題に応じたITソリューションを提供することができます。

及川 どんなシーンで利用していくのですか?

江口 分かりやすいのは工場のIoT化です。センサーやカメラを通じて得た各種データをAIで高速処理することで、検査効率の向上や技術伝承に役立つと考えています。

 また、介護施設には、各居室の入居者の動きをセンサーで検知してスタッフステーションのPCや介護士さんのスマートフォンに情報を送るような仕組みを提供しています。「誰々さんが起き始めましたよ」と通知することで、例えば、夜間でスタッフ数が少ないときでも効率的に巡回できるようになるなど、ワークフローを変えるツールとしてご利用いただいています。

 当社としては、介護や医療、農業など人手不足が社会問題になっているような分野でWorkplace Hubを活用してほしいと考えているので、このあたりを特に注力して開拓している最中です。

及川 「複合機をハブにしたITインフラ」と聞くと、オフィス業務の効率化というイメージを持ってしまいますが、要はリアルタイムのモニタリング技術やセンシング技術を駆使した課題解決プラットフォームなのですね。

及川卓也(おいかわ・たくや)氏。大学卒業後、DEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)に就職してソフトウェアの研究開発に従事する。その後、MicrosoftやGoogleにてプロダクトマネジャーやエンジニアリングマネジャーとして勤務の後、プログラマーの情報共有サービスを運営するIncrementsを経て独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立

江口 そこまで進化するのが最終構想です。Workplace Hubプラットフォームは大きな画像IoT構想の1つなので、このサービスを皮切りに国内外でさまざまな活用事例を作っていけたらと考えています。

苦労したエンジニア採用を好転させた「拠点づくり」

及川 コニカミノルタさんのようなメーカーがDXに取り組む際の課題の1つに、ソフトウェア開発の新しいチームと既存事業の組織をどう融合させるのかという点があると思います。この点については、どんな取り組みをしていますか?

江口 それはなかなか難しい課題ですが、直近で進めているのは、さまざまな分野のエンジニアが集まって新しい画像IoTソリューションを開発する拠点づくりです。東京では八王子に既存と新規の技術者を集めた研究開発棟があり、20年には大阪・高槻市に“画像IoT”強化に向けた新たな開発拠点を開設することになっています。

 関西地域には旧ミノルタの開発拠点がいくつかあって、電車に乗れば1時間以内に集まれる立地なのですが、物理的に離れているとやはり一緒に活動しにくいんです。それに加えて、既存事業に携わる社員を新しいソリューションビジネスの担い手として育成する場としても、専用拠点があったほうがいいだろうと考えて立ち上げました。

 例えば、アジャイルのようなソフトウェア開発手法は、既存事業の組み込みエンジニアには慣れないものです。そこで八王子の研究開発の棟内でアジャイルに特化したチームを立ち上げ、一緒に実践しながらやり方を伝えるようになりました。他企業の方々とのオープンイノベーションを進める場にもなっています。

及川 いわゆる「出島」を作って先進的な取り組みをしていくことで、会社全体を変革するためのハブにするというお考えですね。これから始動する高槻の新拠点はさておき、すでにある八王子の拠点はうまく機能していますか?

江口 何とか形になり始めているという状態です。ただ、最初はソフトウェアエンジニアの中途採用にすごく苦労しました。拠点そのものは素晴らしい出来なのですが、IT系の人たちからすると八王子は働く場所としてちょっと遠いということで……。採用を本格的に始めてから最初の1年くらいは全然人が来てくれなくて、当時のCTOにも「採用の進捗がよくない」と怒られていました。

及川 その課題はどう解消されたのですか?

江口 本社機能のあるの丸の内オフィス内に、私たち専用の部屋を作ってもらいました。オフィスはフリーアドレスで、営業や事務系の社員にとっては働きやすい環境なのですが、エンジニアがホワイトボードにいろいろ書きなぐったりしながら開発を進めるような場所がなかったので。だから、社長に直訴して専用の部屋を作ってもらい、IT系の中途入社エンジニアにはここで一定期間働いてもらうようにしました。これが奏功して、中途採用も途端にうまく進むようになりました。

及川 働く場所も大事ですが、専用の部屋を作るという配慮もあって、DXにかける本気度が伝わったのでしょうね。

江口 まずは入社していただき、その後に八王子の拠点を見に行ってもらうと、「ここで働くのも悪くなさそう」と言ってくれるので(笑)。これと同じ作戦で、関西拠点でも、高槻の他に梅田駅のすぐ横にあるグランフロント大阪に専用オフィスを作りました。

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