東大研究者が一本釣り漁師に転身 衰退著しい漁業を盛り上げるブルーツーリズムとは地域ビジネス、ここがカギ(2/4 ページ)

» 2019年11月29日 07時00分 公開
[甲斐誠ITmedia]

「血抜き」「神経締め」で鮮度維持を徹底

 地元の漁業関係者とも良好な関係を築くため、対馬市に移住して1年間は漁業者としてではなく、地域活性化を目的としたNPOで働いた。そして、2016年4月、研究職時代の後輩とともに合同会社「フラットアワー」を設立した。

 銭本さんには、一本釣りしてきた魚を鮮度の良い状態で大都市のレストランに送ることができれば高く売れるのではないか、という目算があった。実際、対馬近海では立派な魚がよく釣れる。特に「いなサバ」は500グラム以上で、2キロを超える大物もいる。

 離島では消費者の手元に届くまで時間も費用もかかるが、鮮度維持については、低温配送の「クール便」を使うことで解決した。また、直径約1ミリのワイヤーを魚の背骨に沿って入れ、神経を取り出す「神経締め」を行うことで、死後硬直を防ぎ、うまみを長持ちさせている。血抜きも徹底して行い、生臭さを残さないようにしている。

 いずれも根気のいる作業だが、現在の流通体制では、買い取り価格に反映されない。そのため、処理した魚の価値を理解してもらえるレストランに直販している。

 ただ、新しい流通モデルを作ることで、地域の漁業関係者とのあつれきが生じる恐れもある。そこで、地元への気配りも怠らないように心掛けている。実際、国内ではまだ珍しい取り組みに対し、懐疑的な住民も少なからずいる。無用な衝突を極力防ぎ、漁業に対する自分の信念を理解してもらいたいと考えている。来島後1年間は周囲の住民との親睦を深めようと、1カ月に1回の懇親会を欠かさなかったという。

 一方、顧客には季節の変わり目に手紙を送り続けるなど、地道な努力を続けている。

銭本さんの魚を使う「ル・ジャングレ」の有沢貴司さん(銭本さん提供)

 銭本さんの魚の愛用者は、主に首都圏のレストランだ。自然派ワインと日本酒を多く取りそろえる高価格帯の居酒屋「ル・ジャングレ」(東京都千代田区)のオーナーシェフ、有沢貴司さん(36)は「鮮度維持のための処理が良く、長期熟成向きの食材として評価している」と語った。店内の大型冷蔵庫でうまみが増すのを待ち、お通しの刺身などとして提供している。

 ただ、「銭本さんの会社の商材は、決して“使いやすい”わけではない」とも指摘する。1万〜3万円程度の鮮魚セットを購入しているが、釣果次第で魚種が変わるため、提供する料理も刺身から鍋物まで臨機応変な対応を迫られる。それでも使い続けるのは、単純に魚がおいしいという理由だけではない。料理店経営者として、おいしい魚を持続可能な形で客に提供し続けられるようにするためには、銭本さんたちの取り組みが大切で、「彼らの事業が大きくなるまで一緒にやっていきたい」と考えているからだという。

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