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» 2019年11月30日 05時00分 公開

高橋名人の仕事哲学【後編】:高橋名人の働き方 「ゲームは1日1時間」はテレビゲームを“インベーダーハウス化”させない戦略だった (1/5)

かつて「ファミコン小僧」と呼ばれた子どもたちにはヒーローがいた。高橋名人(60)だ。子どもたちの前では「名人」として全国各地を渡り歩き、テレビゲームの普及活動に務めた。大人の顔としてはハドソンの宣伝マンとしてテレビゲームの普及活動に努め、ゲーム史に残る数々の偉業を残している。だが、実はそんな名人も元は口下手であったといい、その素顔についてはあまり知られていない。「名人」本人が自身の仕事哲学について語った。

[河嶌太郎,ITmedia]

 かつて、テレビゲームは子どものおもちゃとして遊ばれてきた。ファミコンの発売から36年が経ち、「ファミコン小僧」とも呼ばれた子どもたちは今や社会の中枢を支える年代になっている。

 そんな子どもたちのヒーローがいた。高橋名人(60)だ。子どもたちの前では「名人」として全国各地を渡り歩き、テレビゲームの普及活動に務めた。大人の顔としてはハドソンの宣伝マンとしてテレビゲームの普及活動に努め、ゲーム史に残る数々の偉業を残している。だが、実はそんな名人も元は口下手であったといい、その素顔についてはあまり知られていない。

 一体、どんな考え方で仕事をし、どんな結果を残していったのか。今回、名人本人がITmediaビジネスオンラインの取材に応じ、「名人」としての仕事哲学について語った。

phot たかはし・めいじん 1959年、北海道生まれ。1982年にハドソン入社。ゲームの営業から開発まで様々な業務に携わるなか、1985年に「第1回全国ファミコンキャラバン大会」のイベントにて「名人」の称号を確立。以降、当時のファミコンブームを追い風に「ファミコン名人」としてTV・ラジオ・映画に出演。一世を風靡し、子どもたちのヒーローとして大人気を博した。高橋名人をキャラクターに使用したゲームに「高橋名人の冒険島」シリーズがある他、関連書籍、レコード、CDなども多数。特技にゲーム機のコントローラのボタンを1秒間に16回押す「16連打」がある。著書に『高橋名人のゲーム35年史 』(ポプラ新書)など

小売業からソフトウェア業界へ

――名人は最初からハドソンに入社したわけではなく、最初はスーパーマーケットの青果部で働いていました。当時はどのような考えで働いていたのでしょうか。

 私は札幌出身で、高校卒業後は「札幌フードセンター」という地元のスーパーで働いていました。野菜などを扱う青果部というところにいたのですが、なぜ、青果部を選んだかと言うと、人って肉や魚を食べなくても生きていけるけど、野菜だけは絶対食べていかなきゃいけないんだろうなという考えからでした。そうしたら色んな野菜の名前を知っていたほうが有利なんじゃないかな、と思ったのがきっかけです。単純にそれだけの動機だったんです。

――「野菜だけは絶対食べてかなきゃいけないんだろう」というのはどういうことですか?

 肉って大きく4種類しかないんですよ。牛・豚・鶏・羊。北海道だから羊も入りますが(笑)。それぞれを細かくすると、牛は牛でも肩ロースなどいっぱいあります。でも、野菜って菜っ葉系だけでも、春菊から小松菜、ほうれん草とか三つ葉とかいっぱいあるじゃないですか。その奥深さに「なんか面白そうだな」と思ったんですよね。例えばジンギスカンを食べるときには、一緒に入れる玉ねぎやもやしが欠かせません。でも、同じ玉ねぎでも紫玉ねぎではありません。どうしてなんだろう。そんなことを考えていました。

――その後、名人はパソコンと出会い、1982年3月に札幌フードセンターを退社します。趣味の世界が高じて、当時パソコンソフトメーカーだったハドソンに入社されるわけですが、どのような考えから転身したのでしょうか。

 札幌フードセンターは社員として3年働いたタイミングで辞めました。パソコンとの出会いはそれよりも少し前ですが、野菜はもういいかな、何か新しいことをやろう、という考えがどこかにあったのだと思います。パソコンにのめり込むうちに、「これからはコンピュータの時代だ」と、ソフト業界に関心が移っていきました。ハドソンは当時札幌に本社があり、実家から近い地元の会社だからということで入社したつもりでした。82年8月のことです。

――ハドソンではどんなお仕事をしていたのでしょうか。

 実家から通えるということで入社したはずが、入社後3日で東京に行き、都内のパソコンショップなどで営業活動をしていました。1年ぐらいしたのち、企画宣伝部に異動になった形です。最初に担当した仕事が、ゲームの攻略・解説本の編集です。その後、小学館の雑誌『コロコロコミック』さんなどの付き合いから「コロコロまんがまつり」といった雑誌のイベントに合わせて、新作ゲームの紹介をステージの上でやるようになっていきました。口下手で人前に出るのが恥ずかしい私にとって、これが一番辛かったです(笑)。

phot
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