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» 2019年11月30日 05時00分 公開

高橋名人の仕事哲学【後編】:高橋名人の働き方 「ゲームは1日1時間」はテレビゲームを“インベーダーハウス化”させない戦略だった (2/5)

[河嶌太郎,ITmedia]

実は口下手だった高橋名人

――子どもたちのヒーローだった名人が実は口下手だったんですか!

 今となっては誰も信じてくれないですけどね(笑)。でも、宣伝マンとして自分がやらないと、売り上げが上がらないので「これはまずいな」というのが頭の中にありましたし、ステージに出て行ってとにかく大声を出したら何とかなるだろうという意気込みで最初のうちはやっていました。幸いスーパーで働いていた経験から大声を出すのだけは得意でした。

――「名人」の姿を知っている者からすると、信じられません(笑)。口下手だと、営業などの際には大変だったのではないでしょうか。

 こんな失敗談があります。入社してすぐに、「HuCAL」というプログラムの実演販売を担当しました。これは表計算ソフトみたいなもので、セルの中に255文字以内でプログラムが書けるというものでした。あるとき営業の先輩が「秋葉原のパソコンショップの店員を集めて講習会を開く」という企画をし、一緒について行ったんです。そしたら行った瞬間に「じゃあ高橋頼む」っていきなり言われたんですね。いきなり先生ですよ。まだ何も勉強してないのに。

――どうやって乗り切ったのですか。

 乗り切れたのかどうかは分からないです(笑)。もうマニュアルを見ながら、1つずつ教えていくしかなかったですね。先に言ってよ、と思いました。1時間か1時間半でやったと思うんですけど、いまだに何を説明したか全く思い出せないですね。終わってからは、もはや反応を聞くなんてレベルじゃなかったです。とにかく時間を持たすことができた、という感覚でしたね。

――自分が口下手ではなくなった、と思われた経験はありましたか。

 85年の夏から全国で開いたゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」ですね。子どもの夏休みを利用して、2班に分かれて全国のおもちゃ屋を渡り歩くもので、私は南の鹿児島県から北上していく形で毎日のようにステージの上に立つようになります。

 最初の鹿児島では、「ステージをうまく回そう」なんていう余裕はなかったですね。手応えを感じ始めたのは、熊本の大会あたりからです。やっぱり会場が盛り上がるときってあるじゃないですか。例えば最初オープニングで説明があって、大会はこんなふうにやっていきます、じゃあデモンストレーションやってみようか、となって2分間とかでやるわけですよね。そのときにすごい歓声が上がった瞬間があるんですよ。

――自信を持てるきっかけになったわけですね。

 本当に苦手だったら壁は乗り越えられなかった気がします。引っ込み思案だったのは間違いなかったんですが、一回イベントで何かが成功すると、その瞬間に今まで苦手だったものが面白くなるんですね。これが成功したから、「次はこれをやってみよう」って、自分のハードルがちょっとずつ高くなっていくのが分かるのです。これが口下手であることを乗り越えられた要因だと思います。

phot

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