アトムにナウシカ……マンガ・アニメ原画が海外で1枚3500万円の落札も――文化資料の流出どう防ぐジャーナリスト数土直志 激動のアニメビジネスを斬る(5/6 ページ)

» 2019年12月05日 08時00分 公開
[数土直志ITmedia]

進まぬ日本の行政・企業の保管体制

 アニメではきちんと管理、保存されているケースは少ない。関連の博物館・美術館施設では東京都杉並区の杉並アニメーションミュージアムがあるが、その収蔵能力は限られている。

 三鷹の森ジブリ美術館の運営に大きく関わっているスタジオジブリや、東映アニメーション、プロダクションI.Gなどの企業は保管を進めているが、自社で保存している古い作品資料は少ない。米国のディズニーでは長年の資料を数千万点単位でアニメーション・リサーチ・ライブラリーに保存し、いつでも参照できるシステムを持つ。これと比べることはとてもできない。

 アニメの原画類が長年保存・管理がなされないのは、保管のコストが高く、中小企業が多いアニメ業界にとって負担が大きいからだ。アニメは完成した作品が全てで、完成後の制作資料は不要と考えられていたこともある。

 結果として、資料・素材のかなりが破棄されてきた。個々のクリエイターが自ら管理・保存して残されたものもあるが、本人が亡くなることがあれば、その価値を知らない相続人にごみとして捨てられてしまうこともある。

 マンガの問題はさらに深刻になる。マンガ家の多くは個人で、会社ですらない。マンガ原画の保存もコストは重く、人気作家ほど多忙で手が回らない事情もある。出版社はあくまでも作家の作品を発表する雑誌やコミックスを発売するだけで、作品はもちろん、原画の所有者でない。権利的にも原画を管理する立場ではない。

 期待されるのは美術館・博物館や研究機関・関連団体だが、現状はそうした役割を果たせていない。京都国際マンガミュージアム、明治大学米沢嘉博記念図書館、横手市増田まんが美術館、個人作家では宝塚市立手塚治虫記念館、石ノ森萬画館、川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム、青山剛昌ふるさと館などはあるが、その数が圧倒的に不足している。

 今年10月に台風19号により約26万点もの所蔵品が浸水被害を受けた川崎市民ミュージアムもその1つであった。被災後の管理側の対応を見ても、人手、予算、ノウハウが十分でないことが分かる。

 もう1つ見逃せない問題に相続がある。これまで資料に過ぎなかった原画に価格がつくことで、それが資産として計上される。作家の死後に、相続人には莫大な相続税がかかる可能性がある。相続税対策で売却されれば、整理保管していた資料はばらばらになる。

 さらに資料を厳重に管理するほど、市場での価値が高くなる矛盾がある。

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