この経済戦争は、かつての米ソの冷戦と同じか、もっと深刻なものになる可能性がある。米ソの対立は相互に交わらない東西両経済圏に分断された中で争われていたが、ベルリンの壁崩壊以降、経済はボーダレスになった。そのワンワールドで、2つの相容れない主義がぶつかり合っているからだ。つまり君臨するのはただ一人。
07年には中国海軍幹部が、当時の米太平洋司令官に対して「ハワイから東を米軍、西を中国海軍が管理しよう」と持ちかけたことがある。それが企図するのは米ソ時代と同じように再びボーターを作って、世界を2つに分割しようとする中国の思惑である。日本を含むアジア諸国の頭越えでそんな交渉をすることは失礼千万な話である。
当時の米大統領はジョージ・W・ブッシュだが、09年から政権を握ったのはバラク・オバマであり、宥和(ゆうわ)的外交が推進された。中国が経済発展するとともに、こうした粗野な発言は改まり、選挙制度に基づいた正しい民主主義に発展するはずだと、当時の米国は認識していた。これは米国のみならず世界の共通した認識であり、その結果として、中国への締め付けではなく、むしろ援助を進め、かえって中国に誤ったメッセージを伝えてしまった。中国の理解は、経済力と軍事力を高めれば自国の主張は受け入れられるという力の信奉だった。
決定的だったのは、18年に、中国全国人民代表大会で憲法が改正され、それまで10年2期を上限とされた国家主席の任期が廃止され、理論的に永世主席が可能になったことだ。世界の多くの人々が習近平は中国皇帝にでもなるつもりかと危惧したのである。
それまで慣例として、歴代用意されていた中国の次世代閣僚(シャドー・キャビネット)のメンバーは、現政権を脅かすものとして、真偽定かならざる汚職などを理由に追放された。
つまり、世界が期待した経済発展が民主化を推進するという思いは、ここに打ち砕かれた。むしろ曲がりなりにも集団指導であった共産党一党独裁から、主席による個人独裁へとさらに悪化し、経済的発展の道筋は、選挙制度と民主主義にではなく、軍事的拡張へとつながっていくことが確定的になった。
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