「愛」と「恋」はなぜ書きにくいのか? 知られざる毛筆フォントの世界水曜インタビュー劇場(文字公演)(2/5 ページ)

» 2020年03月25日 08時05分 公開
[土肥義則ITmedia]

フォントの仕事を始めたきっかけ

土肥: 手元に毛筆フォントがあるのですが、最大の特徴は何と言っても「その場で書いたような雰囲気が漂っていること」。かすれやにじみもあるし、勢いもある。毛筆フォントはさまざまところで使われていて、例えば漫画『鬼滅の刃』では「銀龍書体」や「陽炎書体」など昭和書体のフォントが使われているそうで。

 このほかにも店の看板、飲料のラベル、ゲームのタイトルなど、毛筆フォントを見ない日はないのでは? と思うほど私たちの日常生活との接点が多いわけですが、そもそもどういったきっかけでフォント事業を手掛けることになったのでしょうか?

昭和書体が手掛けた64書体

坂口: 1974年に看板屋としてスタートして、バブル経済のころまでは事業を拡大させていました。売り上げは1億円を超え、従業員は最大20人いました。しかし、バブル経済がはじけて、看板業界も衰退することに。売り上げは5分の1ほどに落ち、従業員は6人に。「このままではいけない」ということで、さまざまなことに手を出すものの、うまくいかずでして。祖父の網紀は、正月に「謹賀新年」と書いたポスターを近所の店舗に無料で配布したのですが、効果はありませんでした。

 ある日、北九州の看板資材店で働く男性がやって来て、祖父が書いた巻物を見て「このような文字を書ける職人さんが減ってきているので、貴重ですね」と言ってくれました。この言葉を聞いた祖父は「この文字を残さなかったら、書ける人間がいなくなってしまうかもしれない」と考え、その場で「この文字をフォントにします!」と言ってしまったんですよね。

 勢いで言ったものの、フォントの知識なんて全くありません。販売方法もよく分からない中で、とにかく巻物に書かれている文字をフォントにしてみました。「これは楷書っぽいね」「こっちは行書っぽいね」などと言いながら、書体をわけていって、足りない文字については書いて。もちろん、統一感を出さなければいけないので、ブレないように仕上げていきました。こうして「看板楷書/看板行書」が完成したんですよね。

 このフォントを見て、看板店などが興味を示してくれました。「ウチでも使わせてくれ」と。先ほども言いましたが、フォントのつくり方が分からない&売り方も分からないといった状況の中で、実際に購入してくれる人たちがいたこと。このことは、ものすごくうれしかったですね。ただ、いま振り返ると、第一作の完成度はいまひとつでして(涙)

土肥: ん? どういうことですか? まさか字がヘタだったとか。

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