新型コロナ薬のレムデシビルは、なぜ米中で治験の結果が正反対だったのか?専門家のイロメガネ(3/3 ページ)

» 2020年05月19日 07時00分 公開
[松本華哉ITmedia]
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本当に薬が効いたかどうかの判断は難しい

 薬は何をもって「効いた」と判断されるのか。

 これが難しい論点であることを示す話がある。「3た論法」だ。薬を使って症状が良くなったとき、「使った、治った、効いた」(3つの「た」)と単純に評価してしまうロジックを指す。その薬を飲まなかったとしても自然に治っていたかもしれないし、併用していた他の薬が効いたのかもしれない。「3た論法」では、本当にその薬が効くかどうかは判断できない。

 この論法を使うと「雨乞いはすべて当たる」ことになってしまう。ずっと雨乞いをし続けていると、いつかは雨が降るからだ。

 そこで、医薬品に効果があるかどうかを確かめるためには指標を用いる。そして「効果あり」とする基準も決める。スポーツに例えるならば、指標とは得点、基準とはルールだ。例えばサッカーならば、勝ち負けは得点=指標で判断し、ゴールにボールを入れると1点、というルール=基準が必要だ。

 治験を開始する前には、何がどうなれば薬が効いたと判断するか指標や基準が決められる。例えば指標には、死亡率や再発率、血圧や臨床検査値などがある。米中で結果が正反対になった理由も、サッカーに例えた通り、ルールを変えてしまえば得点が変わり、結果として勝敗も変わり得る。これと同様にどんな指標を用いるかによってその治験の結果が変わる、ということになってしまう。

 薬が効くかどうかを調べる場合、どのような指標をどんな基準で用いるかは、結果を左右するほど重要な問題なのである。

「薬が効く」とは必ずしも病気が治ることではない

 レムデシビルは、今後多数の患者で使用が見込まれる。特例承認の条件の1つに、「一定数の症例データが蓄積されるまで、可能な限り全症例についてデータを収集、報告する」とある。

 治験では、決められた指標によって「効く」と判断されたレムデシビルではあるが、今後はさまざまな人種、年齢、合併症を持った人が、他のいろいろな薬と併用することが想定される。

 薬が効くとは必ずしも病気が完治すること、予後がずっと健康であることを意味するわけではない。例えば抗がん剤は、がんの腫瘍が小さくなれば「効く」と治験では判断されることが多い。

 新型コロナウイルスに感染した人が、レムデシビルで一命を取り止めて退院できた。その場合、基準上明らかに「改善」だ。しかしその後、完治できない深刻な副作用が発生する可能性もある。アビガンで懸念されるような副作用が、レムデシビルにはないと言い切れる段階にはない。

 人はなぜ薬を使うのか。病気から回復するため、日常生活を送るため、その先の未来を生きるためだ。今後、私たちが薬に望むことは、「投与◯日目に◯段階評価で◯段階改善すること」といったことだけではなく、1カ月後、1年後、10年後をそれぞれ個々が望んだように生きることである。

 レムデシビルは、薬としてまだ最初の一歩を踏み出した段階にすぎない。新型コロナウイルスに対する特効薬となるかは現時点では未知数であるが、医薬品に携わる職業人のひとりとして、そして薬に助けられるかもしれない一個人として、今後の調査結果に期待したい。

執筆者 松本華哉 薬剤師

2002年、名古屋市立大学薬学部卒業、薬剤師免許取得。2004年、名古屋市立大学大学院薬学研究科 博士前期課程修了。有機化学合成、創薬研究に従事。

総合病院の門前薬局勤務を経て、大手医薬品開発受託機関であるイーピーエス株式会社に12年勤務。医薬品の市販後調査に携わる。その後メディカルライティングにも従事。主に、市販後医薬品に関わる厚生労働省への提出文書の執筆。現在は、製薬業界に特化したコンサルティングベンチャー企業に勤務しながら、ライフワークとして、コーチングの活動も行っている。 

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