人事を変えるAI 人事部に求められる役割は?“AI歓迎”の声も多い?(2/4 ページ)

» 2020年06月12日 08時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 最近のAIは、機械学習という技術を使って構築されていることが多い。これは文字通り、機械に自ら学習させる(そして似たような問題に正答を出させる)という手法だが、学習には過去のデータが使われる。つまり過去に人間がした結果を見せて、それと同じ行動を取るようにさせるのだ。

 Amazon.comが開発したAIも機械学習を使用しており、学習の際に参照していたのは、過去10年間分の履歴書データだった。しかし米国のIT技術者は男性が多く、過去のデータでは女性が採用されたケースが少なかった。そのため過去と同じようにするというのは、「男性を採用する(男性の評価を上げる)」のと同じ意味になってしまったのだ。これは女性差別であるとして、Amazon.comはすぐに運用を取りやめたのだが、AIに正しい行動を取らせることの難しさを示す事例となった。

退職しそうかどうかもAIが予知

 日本でも19年に、就職情報サイト「リクナビ」が「内定辞退確率データ」を企業に販売するという騒動が起きたことが記憶に新しい。これは同サイトを運営するリクルートキャリアが、「特定の学生が内定を辞退する確率」を予測したデータを、企業に有料で提供していたというものだ。38社がこのサービスを利用し、トヨタやホンダといった有名企業が実際に購入していたと報じられている。

 この確率の算出は、次のような仕組みで行われていた。まずリクルートキャリアの側で、あらかじめ自社が持つ過去の学生のプロフィールと、彼らのリクナビや関連サイト上での行動(どのような業界のページを見ていたか、どのような企業に応募したかなど)、さらには就職活動の結果(どの企業から内定を得て、最終的に就職したかなど)といった膨大なデータを分析し、どのような学生がどのような進路を選んでいるかというパターンを把握しておく。

photo リクルートキャリアの資料より

 そしてリクルートキャリアの顧客企業が、採用活動に応募してきた学生の個人情報をリクルートキャリア側に提供(この提供が学生本人に無断で行われたことが問題点の一つとなった)。この学生の個人情報と、その学生に関してリクルートキャリアが保有しているプロフィールデータ・行動データ、そして分析で得られた「内定辞退」パターンを組み合わせて、内定辞退率をはじき出すというわけである。

 誤解を恐れずにいえば、採用担当者にとって「自分が内定を出した(出そうとしている)候補者が辞退しそうかどうか」という情報は喉から手が出るほど欲しいものだろう。辞退されてしまえば、これまでの労力が無駄になり、優秀な人材も手に入らないからだ。AIの力を借りれば、それを事前に察知できるかもしれない――しかし現在のAIが多種多様なデータに基づいて構築されるものであり、そのデータの中には非常に繊細なデータも含まれ、その取り扱い次第で大きな問題になることを覚えておいてほしい。

 「社員や内定者の行動を予知する」というAIの力は、他にもいくつかの用途で製品化・サービス化されている。例えばもう一つの有名な事例として、「退職予測」がある。文字通り「もうすぐ辞めそうな社員」を把握して、彼らを辞めないよう説得したり、待遇改善に動いたりするわけだ。

 こうした対応を実施する先駆けとなった米国HP(ヒューレット・パッカード)では、「フライト・リスク」(逃亡リスク)分析と呼ばれるものを行っている。これは勤務評価や昇進・昇給の状況といったデータを基に、離職するリスクを数値化するというものだ。

 HPは2010年代初めからこの取り組みを行い、リスクが高いと判断された社員に引き留めなどの対応を行うことで、潜在的に3億ドルものコストを削減したとされている。

 また人材大手のパーソルホールディングスは、退職者を含む3500人分の社員情報を基に、正解率90%という退職予測モデルをつくり上げた。他にも医療・福祉関連企業のソラストでは、入社1年以内の社員を対象として、退職しそうな社員を把握するシステムを開発。ここでは彼らが記入する面談シートの自由記述欄をAIが分析し、過去の社員の自由記述欄の記入傾向と比較することで、退職のリスクを数値化している。

 最近ではこうした予測システムを、自社で開発する必要すらなくなろうとしている。例えばOracleの「HCM Cloud」のように、いま多くのHCM(Human Capital Management、人事管理)アプリケーションで、フライト・リスクと同様の離職リスクを算出する機能が提供されるようになった。もちろん内定辞退率のように、本人の同意を得ずに重要な分析や意思決定が行われていたなどということはあってはならないが、こうした分野では今後ますますAI活用の検討が進められるだろう。

社員支援をAIが代行

 人事でAIが役立つのは、社員や候補者が自社にやって来るときと、去るときだけではない。自社の既存社員に対して、さまざまな支援を行うことにもAIが活用されている。

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