“すれ違い”が注目されたリニアトップ面談「それでも悲観しない」理由杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)

» 2020年07月06日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]
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 メディアの世論を巧みに利用してきたという意味で、静岡県側が上手だった。JR東海は社長会見で進捗を報告する際に静岡県を引き合いに出すだけで、企業広報ルートではこの問題を発信していなかった。発信が誤解され炎上するリスクを避けた。世論が混乱すれば、リニア開業が遠のくと分かっているからだ。それだけに、静岡県側の主張ばかり膨れ上がったともいえる。今回、JR東海は静岡県宛ての文書を積極的に公開し始めた。会社として「国民に問う」という姿勢に転換したのかもしれない。

 今回の面談では、川勝知事、金子社長の「リニアも大事、環境も大事」という共通認識が確認できた。19年のJR東海社長発言の真意を川勝知事に直接説明でき、川勝知事の「なぜ静岡県だけを」という疑問にも答えられた。これが大きな成果だ。今後、どのような発言、文書が公開されても、それは「リニアも大事、環境も大事」という基本的な合意の上と心得たい。そして今後も、感情的な対立があればトップ面談で解消し、実務レベルで前向きな議論が行われることを期待する。

トップ面談はゴールではなくスタート

 第1回のトップ面談では、解釈の違いによる混乱があった。しかし、面談自体は成功だと思う。もともと、金子社長と川勝知事のトップ面談は「全てを解決して握手」という場ではない。商取引でいえば「顔合わせ」のレベル。そして、互いの部下同士が解決できず行き詰まった直近の問題「ヤード工事」をクリアするためにどうすべきかを話し合う場だった。結果として許可は即答されず、2027年のリニア中央新幹線開業は危うい状況だ。

 しかし、私は「悲観する結果ではない」と捉えている。商取引で例えれば、今回の面談は「重大なプロジェクトの着手前に、当事者代表同士があいさつをした」というレベルだ。取引成立のあいさつではない。もはやあいさつの時期ではないとはいえ、今までこの通過儀礼なしで進んでしまったために、対立だと誤解される事態になってしまった。

 決着のための「面談」ではなく「相互の理解を深めるためのあいさつ」だから、「これで何もかも解決」という期待が間違いだ。勝手に期待して、それが期待通りではなかった。だからといって面談に否定的な論調にしてはいけない。それは両者の対立を煽るだけで、問題解決に向けた世論を醸成できない。トップ同士が意思を確認する。そのチャンネルが開けば難題解決のルートができる。楽観視もできないけれど、まずはトップ面談の実現を評価したい。そして、川勝知事の言う「われわれは運命共同体」の次の面談に期待する。

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。


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