金融機関のデジタル活用〜デジタル活用のヒントを探る〜
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» 2020年07月08日 07時00分 公開

「公共のデジタル通貨」 ビットコインでもCBDCでもない挑戦星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(4/5 ページ)

[星暁雄,ITmedia]

民主的デジタル・ドルの挑戦

 ビットコインとは全く異なるアプローチで登場した現代の通貨制度や金融システムへのアンチテーゼが、「民主的デジタル・ドル(Democratic Digital Dollar)」だ。コーネル大学ロースクールのロバート・ホケット(Robert C. Hockett)教授が提案している構想である。

 「民主的デジタル・ドル」の基本的なアイデアは、国民全員が無料で使える決済システムを政府が提供するというものだ。これが実現すれば、新型コロナウイルス感染症対策の給付金の配布などを素早く実施できる。また金融システムから排除されて銀行口座を作れない人々も、民主的デジタル・ドルは利用できるようにする。すべての人が政府からお金を受け取り、あるいは納税できる決済システム、それが民主的デジタル・ドルの構想だ。

 ビットコインは政府に左右されない電子的な「お金」を作る技術、アルゴリズムの提案だったが、「民主的デジタル・ドル」の本質は法制度だ。単なるアイデアだけではなく、法案を作って州議会に提出しているのである。

 「民主的デジタル・ドル」の1つの具体的な実現形態が、19年10月に米国ニューヨーク州の議会に法案として提出されている(VICEの記事)。正式名称を「ニューヨーク包摂的価値台帳(Inclusive Value Ledger, IVL)」と呼ぶ。推進している人々は、ニューヨーク州下院議員のロン・キム(Ron Kim)氏、ニューヨーク州上院議員のジュリア・サラザール(Julia Salazar)氏、それに前述のホケット教授だ。ホケット教授は、このニューヨーク包摂的価値台帳(IVL)に関する学術論文を発表している。

 「包摂的価値台帳」は公共アクセス可能な無料の決済ネットワークだ。根底にある主張は「米国ニューヨーク州の住民は、公共アクセス可能な無料の決済ネットワークを必要としている」というものである。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行に伴い、迅速に給付金を配布するための手段としても、このような公共決済ネットワークが必要であると提案者らは主張している。

 米国では3月下旬に成立した緊急景気刺激法(CARES法)で2兆2000億ドルを計上し、各世帯への現金給付や失業保険の拡充、民間企業支援を行うことになっている。この中で、人々への現金給付の方法は大きな議論となっており、効率的に現金を配れる「デジタル・ドル」の議論も出たという。実際には銀行口座への振り込みか小切手の郵送という手段を取る形となった。

 「包摂的価値台帳」は通貨やマネー(お金)という言い方こそしていないが、目指すところは「ニューヨーク州政府版のデジタル通貨」だ。州の全住民が無料で使える決済ネットワークを提供し、給付金の支給に活用する。米国で広く使われている決済サービスVenmoの公共バージョンという意味合いで「パブリックVenmo」とも呼んでいる。日本で言えば「公共版◯◯Pay」といったところだ。「デジタル通貨」と呼ばない理由は、既存の通貨制度との摩擦を避けるためだろう。とはいえ、民主化デジタル・ドルや包摂的価値台帳は「デジタル通貨」とほぼ同じものだ。

 包摂的価値台帳の名前に入っている包摂的(インクルーシブ)という概念は、人権概念の原則の一つだ。「すべての人」をターゲットとし、どのような人々も排除せず、支援する枠組みを考える。キム議員らは、民間の決済サービスは手数料が必要で、しかも銀行口座を持たない人々を排除しており「包摂的ではない」と主張する。米国の商業銀行は、すべての人々に口座を提供する義務があるわけではない。そして金融システムからいったん排除された人々は、同じ理由で排除され続ける可能性が高い。このような人々も給付の対象とするために、民主化デジタル・ドルあるいは包摂的価値台帳を提供しようというのである。

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