「公共のデジタル通貨」 ビットコインでもCBDCでもない挑戦星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(5/5 ページ)

» 2020年07月08日 07時00分 公開
[星暁雄ITmedia]
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公共のデジタル通貨を求める人々

 今まで紹介してきた「民主的デジタル・ドル」や「ニューヨーク包摂的価値台帳」は、FRBがいずれ提供するだろう中央銀行デジタル通貨、つまり本家「デジタル・ドル」の代替案にあたる。「米国の中央銀行にあたるFRBが、全国民が使える中央銀行デジタル通貨を出さないなら、州政府が独自にデジタル通貨を世の中に出す」と言っているわけである。

 米国のスティーブン・ムニューシン財務長官は、米国が中央銀行デジタル通貨を発行するというアイデアに対して消極的な発言を繰り返している。米国の通貨当局は、現時点で「デジタル・ドル」を急ぐ理由がない。そこに揺さぶりをかける取り組みの一つが、今までに紹介してきた「民主的デジタル・ドル」や「ニューヨーク包摂的価値台帳(IVL)」ということになる。

 別系統の動きもある。名前が似ていてややこしいのだが、「デジタル・ドル・プロジェクト」という民間イニシアチブが立ち上がり、FRBが発行する中央銀行デジタル通貨──いわば本家「デジタル・ドル」──の推進を提案するホワイトペーパーを20年5月に公表した。

「デジタル・ドル・プロジェクト」では、米FRBが中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行する枠組みを民間主導で提案した

 プロジェクトメンバーには、先代のCFTC(米国商品先物取引委員会)委員長を務めたクリストファー・ジャンカルロ(J. Christopher Giancarlo)氏の名前が入っている。そしてホワイトペーパーには大手ITベンダーのアクセンチュアが名を連ねている。

 アクセンチュアがデジタル通貨に関して手を組んだ中央銀行は数多い。カナダ銀行、シンガポール通貨監督庁、欧州中央銀行、そしてスウェーデンの中央銀行であるリクスバンクである。スウェーデンはここ1〜2年の間にも中央銀行デジタル通貨のサービスを開始すると伝えられている。中央銀行デジタル通貨に関する技術的検討やトライアルの知識は同社内に蓄積されているわけだ。

 「デジタル・ドル・プロジェクト」の主張は、中国でデジタル人民元の登場が近いと伝えられている中で、ドルのデジタル化・トークン化を実現することでドルの競争力を高め、米国の経済成長に寄与することを狙うというものだ。「米国の経済競争力を高めるためにデジタル通貨を発行せよ」と主張する。

 一方で、前述した「民主的デジタル・ドル」や「ニューヨーク包摂的価値台帳(IVL)」の主張は経済的競争力ではなく、すべての人が公共サービスとして提供される決済口座を持ち給付金や年金を受け取れるようにするというものだ。

 経済的な競争力を高める観点からも、すべての人に包摂的な金融サービスを提供する視点からも、そして社会全体での不要な事務処理を減らして最適化するという観点からも、公共性を備えたデジタル通貨は魅力的なアイデアだ。そして新型コロナウイルス感染症の流行という災厄が、新たなデジタル通貨制度を推進する材料になる可能性もある。ビットコインのアイデアから派生して多くのものが生まれたように、公共のデジタル通貨、あるいは公共の決済サービスというアイデアは、次の世代に必要な何かを生み出すのではないだろうか。

筆者:星 暁雄

早稲田大学大学院理工学研究科修了。1986年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。『日経エレクトロニクス』『日経Javaレビュー』などで記者、編集長の経験を経て、2006年からフリーランスのITジャーナリスト。IT領域全般に興味を持ち、特に革新的なソフトウェアテクノロジー、スタートアップ企業、個人開発者の取材を得意とする。最近はFinTech、ブロックチェーン、暗号通貨、テクノロジーと人権の関係に関心を持つ。

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