異色の高卒起業家が率いるEVメーカー「理想汽車」、理想を捨て実現したIPO浦上早苗「中国式ニューエコノミー」(2/3 ページ)

» 2020年08月06日 16時00分 公開
[浦上早苗ITmedia]

高卒の連続起業家、2度目の上場

 創業者の氏名「李想(Li Xiang)」は、社名の「理想(Lixiang)」と同音異字だ。81年生まれの彼は大学に進学せず、00年に1回目の起業に挑戦した。有名大卒が多い中国のIT系起業家の中では異色の高卒起業家でもある。

 李氏が自動車業界に足を踏み入れたのは、2回目の起業として自動車情報プラットフォーム「汽車之家」を設立した05年。同社は短期間のうちに中国で業界最大手に成長し、13年にニューヨーク市場に上場した。だが李氏は15年に同社のCEOを退任、EVメーカー理想汽車を創業した。

 中国ではPM2.5などで大気汚染が深刻化し、政府が環境対策に力を入れ始めた14年にEV企業が多数設立され、後に「EV元年」と呼ばれるようになった。14年にテスラを購入した李氏も、ブームに乗って15年7月にEVメーカーを立ち上げた。

 同社が19年12月に「理想ONE」を発売したことは前述したが、これは純EVではなく、プラグインハイブリッド車(PHEV)だ。理想汽車は、開発過程で技術や資金の問題に直面した結果、補助としてガソリンエンジンで発電できるレンジエクステンダーEVの量産化に目標を切り替えることで開発コストを落とし、競争相手が少ない大型SUVにフォーカスした。

 理想を引っ込めて19年末に量産化を実現した李想氏の判断は、結果的に大正解だった。というのもその直後に新型コロナウイルスが拡大し、コロナ前に量産化が間に合わなかったEV企業は20年に入って次々に破綻しているからだ。

 米国で派手なプロモーションを展開し、注目を集めていたBYTON(バイトン)は、7月1日に事業を停止した。最新の技術を詰め込んだ高級車を生産しようとしていたBYTONが、量産化の前に行き詰まったのに対し、理想汽車はコロナ前に予約受け付けを開始し、20年6月初めにはテンセントグループに属し、出前アプリで知られる美団点評などから、5億5000万ドル(約5800億円)を調達した。

 中国政府がアフターコロナの経済対策として、本来は打ち切り予定だったEV車への補助金延長を決めた結果、生存可能性が高い少数の企業に、資金が集中しているのだ。

CEOが明かした「最も感謝すべき3人」

 理想汽車は7月30日、北京市で上場記念セレモニーを行った。登壇した李氏は、「特に感謝すべき人物」として3人の名前を挙げた。この3人の属性には、中国のEVメーカーが生存するためのキーワードが集約されている。

 氏が最初に名前を挙げたのは、理想汽車の最高財務責任者(CFO)李鉄氏だ。李想氏によると創業翌年の16年、知人関係にあった李鉄氏に理想汽車のCFO候補の紹介を依頼した。李鉄氏は数人を紹介したが、李想氏は次第に「李鉄が最適任」と考えるようになり、李鉄氏を口説き落としてCFOを引受けてもらったという。

 実は中国最大のEC企業であるアリババにも似たようなストーリーがある。ジャック・マー氏が17人の仲間と起業した99年、「VCの投資家」としてマー氏と対面した蔡崇信(ジョセフ・ツァイ)氏は、マー氏の人柄と熱意に惹かれ、70万ドル(約8000万円)の年棒を捨て、月額報酬500元(約7800円)でアリババにCFOとしてジョインした。アリババは蔡崇信氏のつながりでゴールドマン・サックスから出資を得ることに成功し、さらにはソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の目にも留まることとなった。

 蔡崇信氏はマー氏が18年に会長引退を表明するまで、右腕としてアリババの経営を支え、中国では「起業するなら、あなたの蔡崇信を探せ」という言葉も生まれた。

 EVメーカーは開発に巨額のコストがかかり、量産化前に資金ショートして失敗に終わるケースの方が多い。李想CEOは「コスト削減、契約関連の全てで彼が必要だった。最高のCFOがいたから、中国の自動車メーカーで最高のIPOができた」と語った。

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