FCVも新局面に入って、これからが面白くなってきた。新型MIRAIの出来の良さもさることながら、燃料電池スタックを外販し、さらには子会社の日野自動車ばかりか、いすゞも巻き込んで商用車業界で水素燃料電池を普及させようという一大プロジェクトを仕掛けようとしている。
日野といすゞを結び付けたトヨタの大胆さは、カーボンニュートラルへ向かって禁じ手はないことを身をもって示したものだとも言える。
自動車業界のアライアンスは混迷を極めつつあるが、限定分野でのみ提携を結ぶことは、今後も進むだろう。ましてや水素利用のモビリティは、メーカー単位ではなく首都圏など地域レベルでのさまざまな企業や自治体が参加することによって、現実性が高まる。
そして驚いたのは、トヨタが今さら水素エンジンにまで触手を伸ばしてきたことだ。つい先日、トヨタが水素エンジンを搭載したツーリングカーを製作し、耐久レースに参戦する(実際の参戦は豊田章男社長もドライバーを務めるチームへ委託)と発表したのである。
筆者は、水素エンジンは燃料電池車にたどり着くまでの過渡的なモデルだと思っている。そのため、今後は水素を直接燃やすことはなくなるのではないか(ガスタービン発電の水素利用は別だ)と考えているのだが、トヨタの捉え方はやや異なるようだ。
確かに水素と炭素を合成させる「eフューエル」より、水素だけで燃やした方が合成の手間は掛からず、二酸化炭素も排出しない。燃料電池の変換効率が高まれば、試みだけで終わるかもしれないが、トヨタとしては長年研究は続けており、選択肢は多く持っておきたいところなのだろう。
それにこれはエンジンを存続させるためにも、有効な施策であるといえる。それはモーターでは味気ない、鼓動や熱気を感じさせるエンジンへの愛着といったノスタルジーではなく、日本の自動車産業がこれまで培ってきた高いエンジン製造技術を、今後も武器として持ち続けるためには水素を燃料として利用する方法もある、ということだ。
政治家が2050年のカーボンニュートラルという目標を語ってもそれは絵空事で、どこかひと事のような責任感の希薄さを感じてしまう。それは政治家がエンジニアではなく、実際に額に汗をかいて実現へ努力する現場の人間ではないからだ。そして現状の把握と将来への展望に、発言者本人が理解力に乏しく、説得力に欠けるからだろう。
しかし30年先を見据えて常に種まきをしてきた企業は、行動にも目標にも現実感が漂う。まさに日本の屋台骨であり、日本の産業界をけん引してきた実績とプライドが漂うのだ。自社だけでない、自動車業界だけでない、日本全体の将来のことを考えて戦略を立てていることが、このところのトヨタの活発な動きで感じ取れるのだ。
芝浦工業大学機械工学部卒。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、テスターとして公道やサーキットでの試乗、レース参戦を経験。現在は日経Automotive、モーターファンイラストレーテッド、クラシックミニマガジンなど自動車雑誌のほか、Web媒体ではベストカーWeb、日経X TECH、ITmediaビジネスオンライン、ビジネス+IT、MONOist、Responseなどに寄稿中。近著に「ロードバイクの素材と構造の進化(グランプリ出版刊)、「エコカー技術の最前線」(SBクリエイティブ社刊)、「メカニズム基礎講座パワートレーン編」(日経BP社刊)などがある。企業向けやシニア向けのドライバー研修事業を行う「ショーファーデプト」でチーフインストラクターも務める。
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