84兆円が消失した中国企業時価総額、ADRのリスクも下落に拍車?古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2021年07月30日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]
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お手軽なADR、実は落とし穴も

 ADRとはAmerican Depositary Receiptの頭文字を取ったもので、ニューヨーク証券取引所ないしはナスダックに上場している、米国外における企業の所有権を記した米ドル建ての証書だ。

 その企業の国籍は多種多様であり、今回話題となっている中国企業だけでなく、ブラジル、オランダ、メキシコ、そしてケイマン諸島といった企業のものがある。日本国内の証券会社ではその国の株式に投資することが難しかったり、不可能な銘柄であっても、ADRを利用すれば購入できるようになる。

 またトヨタ自動車や三菱UFJフィナンシャルグループといった国内大手企業も、数多くADRとして取り扱われており、日本の投資家も日本企業のADRの売買動向を参考に投資判断を下す場合もある。ADRは東京市場が大引けした後のニューヨーク市場で取引される。そのため、翌日の東京市場に先んじて価格が上下することになるからだ。

 大引け後の大手企業の決算発表では、証券会社が独自に開いているPTS(私設取引所)よりも、ある程度信憑性(しんぴょうせい)のある先行指標としてADRが参考にされるのだ。なお、ADRの価格は独自に決められており、単純な株価をドルベースで計算したものではない点に注意しておこう。

 ADRは、米国株を取り扱う国内証券会社であれば基本的に購入できるため、海外に証券口座を開かずとも海外株式の実質的な株主になれる。しかし、ADRは株式そのものではなく所有権の所在を示した証書にすぎない。

 仮に、米中対立の受け皿として米国における中国株ADRの締め出しが今後も続いた場合、国内証券会社経由でADRを保有している投資家は思わぬ損失を被る可能性がある。

 確かに、ADRは米国における預託証券であるため、仮に米国市場で中国企業のADRが上場廃止となったとしても、間接的に保有している中国企業の株式自体が無価値となるわけではない。しかし、ADRの上場廃止について、規定面での整備が追いついていない国内証券会社も少なくない。

 ある大手ネット証券では、ADRの取り扱いについて「当社ではADRから現物株への交換、現物株の引き出しはできません」と記載している。つまり、ADRが上場廃止となってしまった場合、ADR自体の実質的な価値が以前にあったとしても、それを株式に転換したり、引き出したりして換価することができなくなるのだ。上場廃止になっている以上、ADRを換金する手立てもない。したがって、ADRが上場廃止した場合、換金できない宙ぶらりんの資産が発生してしまうことになる。

 ADRには手軽に取引できるメリットがある反面、株式の保有が「実質的なもの」となる点で思わぬ落とし穴がある。ADRのリスクが気になる投資家にとっては、中国株であれば国内でもADRではなく株式自体を取り扱っている証券会社が好まれることになるだろう。

 今後も米中双方から両面で規制が進めば、上場廃止で資産が拘束されてしまうリスクが増加するため、米国の中国企業をめぐる展開には引き続き注意が必要だ。

筆者プロフィール:古田拓也 オコスモ代表/1級FP技能士

中央大学法学部卒業後、Finatextに入社し、グループ証券会社スマートプラスの設立やアプリケーションの企画開発を行った。現在はFinatextのサービスディレクターとして勤務し、法人向けのサービス企画を行う傍ら、オコスモの代表としてメディア記事の執筆・監修を手掛けている。

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