パンの移動販売という業態にも限界があると感じていた中島氏は販路開拓に奔走する。実際に百貨店の開拓などを通して売り上げは伸びたが、利益が伸びない。そこで、業界の根深すぎる2つの課題に気付くことに。
販路拡大に伴い、発送費や販売員の人件費、パンの廃棄費用など「パンづくり以外のコスト」が発生すること。もう1つは、「パン職人のブラックな労働環境」だ。朝〜昼のピークタイムに合わせて十分なパンを用意する必要性から、職人が働き始めるのは朝の2時。パンの賞味期限は翌日が限度。毎日がゼロからのスタートのため、1日でも休んでしまうと商売にならない。失敗できないのが、パン屋の現状なのだ。
「パンは日本人の主食として定着しているため需要が大きいです。一方で、パン屋の働き方は完全な労働集約型。百貨店などで販売できるよう販路を拡大すればするほど、パン職人の労働がブラックになっていくという嫌な循環が起こりました」(中島氏)
このスタイルではいつか破綻してしまうと考え、立ち上げたのが「時をとめるベーカリー」の前身となるパンのセレクトショップ「HEART HAT」だ。神奈川県内の50のパン屋のパンを集めた。横浜高島屋に20年1月に催事として誕生し、21年3月には常設店「カナガワ ベーカーズ ドック」としてリニューアル。
神奈川中からパンを集めることで、人件費や搬送費などを分配することができた。また、加盟パン屋は毎日お店を開けなくても、ベーカーズ ドックにパンを卸すだけで収益を得られるように。消費者はお店に行けば神奈川中のパンを楽しむことができるという、今までにない特徴を打ち出すことで、お店は大繁盛。入場制限を設けるほどだったという。
「ベーカーズ ドックがあれば、パン業界の課題解決もできるし、『時をとめるベーカリー』いらないじゃん」と思われるかもしれないが、パン業界はそんなに甘くない。加盟パン屋は収益を上げられるようになったものの、「売れ残り問題」と、加盟店が増えることによる「取引額の低下問題」が発生した。
カナガワ ベーカーズ ドックに並ぶパンは、一度ハットコネクトが全て買い取って販売している。そのため、売れ残りは赤字となってしまうし、廃棄コストも発生する。また、店頭の陳列スペースは限られているため、パン屋を救済するために加盟店を増やすと、1店当たりの取引額が下がり、業界課題の根本的な解決につながらなくなってしまうのだ。
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