メンバーシップ型では、入社後も業務範囲が明確に決まっておらず、職務や部署の担当外でも柔軟な対応が求められる。その後も定期的に異動し、担当職務が変わっていくのが一般的だ。これは特定職務ではなく、ゼネラリストとして業務全般に熟達し、対応できるようになることを目的とする。なお、契約において職務が特定されていない以上、職務に基づいて賃金を決められないし、社内に高賃金の職種と低賃金の職種が混在していると、異動のたびに混乱が生じてしまう。そこで、職務と切り離した「年齢」や「勤続年数」など、客観的な基準で賃金を決める形になる。
入社時点でスキルや経験が皆無でも企業が教育を施して育てるし、多少仕事ができなくても、また急な景気変動が起きて業績が悪化しても、部署異動などで雇用は守られる。いきなり解雇することが基本的にないのもメンバーシップ型の特徴だ。また建前として「全員が経営幹部になれる可能性がある」という平等性も存在する。一方で、成果を出しても給料には反映されにくく、異動や転勤、転籍、出向などの形で、企業の指示には従順かつ無制限に従う義務が発生しがちな点が問題とされる。ちなみに、企業側が一方的に転勤や転籍、出向などを命じることは、日本以外の諸外国ならパワハラ扱いになるくらいの事態なのだが、メンバーシップ型の場合は当然のこととして認識されている。
「ワークライフバランスを確保したい」という意思は、(あくまでメンバーシップ型においては)企業からの「御恩」に対する反旗に捉えられてしまうことになるし、労働環境劣悪ないわゆる「ブラック企業」は、働き手に「奉公」を強制しておきながら、企業は「雇用を守る」という最低限の「御恩」を与えないから非難される存在なのだ。
解雇について、よく「ジョブ型の欧米企業では簡単にクビになる」といわれるが、正確ではない。「米国は解雇自由のため簡単にクビになるが、それ以外の国で解雇するには正当な事由が必要なので、クビは決して簡単ではない」というのが正しい理解だ。とはいえ、ジョブ型においては「やっていた仕事がなくなった」「その職務に求められる経験や資質を持っていなかった」「経営上の理由による整理解雇」は正当な解雇理由となる。
一方で、メンバーシップ型の場合はこの件についても真逆といえる。社員に任せていた仕事がなくなったら、社内の他の仕事に異動させればよいし、職務に必要なスキルを持っていなければ、企業が教育すべき、経営上の理由なら残業を減らして雇用は維持しろ、となり、全て正当な解雇理由にならないのだ。逆に「会社命令の残業を拒否した」「転勤命令を拒否した」といったような、「企業への忠誠心がなく、共同体のルールを守らない所業」に対しては懲戒解雇が許される判例があり、まさにわが国独特のシステムといえよう。
このように、個人の業務範囲や求められる働きが明確で、クビになるリスクも存在するジョブ型と、個人の業務範囲は柔軟に変化し、クビになりにくいメンバーシップ型では、そもそもの文化的背景も労働慣行も、働き手のマインドに至るまで全く異なる。単に制度を入れれば終わりというものではなく、無事運用して定着するまでには相当の混乱を乗り越えなければならないだろう。では、大手各社はそのような労苦を見込んでまで、なぜこぞってジョブ型に切り替えようとしているのだろうか。
後編の記事では、ジョブ型で見込まれるメリットや、そのために乗り越えるべき課題と解決策などについて、解説していく。是非合わせてお読みいただきたい。
働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役/ブラック企業アナリスト。
早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。労働環境改善による企業価値向上のコンサルティングと、ブラック企業/ブラック社員関連のトラブル解決、レピュテーション改善支援を手掛ける。またTV、新聞など各種メディアでもコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員も務める。著書に「ワタミの失敗〜『善意の会社』がブラック企業と呼ばれた構造」(KADOKAWA)、「問題社員の正しい辞めさせ方」(リチェンジ)他多数。
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