外国為替市場には、「リスクオフ(回避)の円高」という言葉があります。これは、地政学リスクの顕在化などで、金融市場が世界的に動揺すると、円は対主要通貨で上昇する傾向があることを指すものです。今般、ロシアのウクライナ侵攻により、主要株価指数が大きく下落するなど、金融市場でリスクオフの動きが強まりました。そこで、実際にリスクオフの円高が発生したのか、以下、検証してみます。
具体的には、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した前日の2月23日から、3月15日までの期間において、主要31通貨の対円騰落率を計算します。もし、大半の通貨が対円で下落していれば、リスクオフの円高が発生したと判断できます。結果は図表の通りで、主要31通貨のうち、対円で下落したのは10通貨にとどまり、リスクオフの円高が発生したとの判断は難しい状況となっています。
そこで次に、今回はなぜ、地政学リスクの顕在化で金融市場が世界的に動揺しているにもかかわらず、リスクオフの円高とはならなかったのか、その理由について考えてみます。対円で下落した10通貨のうち、最も大きく下落したのは当事国であるロシアの通貨ルーブルで、その他は欧州通貨の下げが目立ちます。これは、地理的にウクライナやロシアに近い国や地域の通貨が、敬遠されていることによるものと解釈できます。
一方、対円で上昇した21通貨は、主にアジア通貨、中南米通貨、資源国通貨です。アジア通貨や中南米通貨が選好されたのは、これらの地域がウクライナやロシアから地理的に離れていることが大きいと考えられます。また、資源国通貨が選好されたのは、西側諸国によるロシアへの経済制裁で、ロシアからの天然資源の供給が減少し、資源価格が上昇するとの思惑が強まったためと思われます。
今回の地政学リスクは、西側の欧州諸国と経済的結び付きの強い、資源大国であるロシアが直接関与しています。そのため、リスクの顕在化に伴い、地理的な観点や資源需給の観点から通貨の選別が進み、リスクオフの円高が単純には進まなかったと推測されます。ただ、円については、日本の経常収支が、原油高による貿易赤字を主因に、昨年12月、今年1月と、2カ月連続で赤字になるなど、円売り需要が増加しつつある点には注意が必要です。
最後に、ドル円相場の方向性について考えます。米国では今年、金融政策の正常化が進むとみられる一方、日本では当面、金融緩和が維持されるとの見方が優勢です。このように、日米で金融政策の方向性が異なる見通しであることと、前述のように、日本の収支構造に変化の兆しがあることを踏まえると、ドル円はこの先、115円から120円のレンジを中心に、緩やかなドル高・円安が進む公算が大きいとみています。
旧東京銀行(現、三菱UFJ銀行)で為替トレーディング業務、市場調査業務に従事した後、米系銀行で個人投資家向けに株式・債券・為替などの市場動向とグローバル経済の調査・情報発信を担当。
現在は、日米欧や新興国などの経済および金融市場の分析に携わり情報発信を行う。
著書に「為替相場の分析手法」(東洋経済新報社、2012/09)など。
CFA協会認定証券アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員。
© 三井住友DSアセットマネジメント
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