仕事上の人間関係に悩むとき 唱えたい茶道の精神「和敬清寂」茶道に学ぶ接待・交渉術(3/3 ページ)

» 2022年12月18日 06時00分 公開
[田中仙堂ITmedia]
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「寂」は緊張と集中のあとに訪れる

 「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」とは、『平家物語』の書き出しです。祇園精舎の「諸行無常の響き」とは、「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」と響いてくるといいます。最後の「寂滅して楽を為す」の「寂滅」が「寂」の一字に凝縮されています。

 「寂滅」とは、静寂なことです。外が静かというだけではなく、仏教用語としては心の状態に用いられます。煩悩を調えて心身が安らいだ静かな境地を指し、梵語の「ニルバーナ(涅槃)」を漢訳したものです。それを「さとり」のことですといってしまうと私たちには手の届かない世界のように思われます。

 「さとり」に近付く方法として、ブッダも行ったとされる「坐禅」が挙げられます。心を鎮める身体技法として西洋に受け入れられ、特定の信仰とは切り離されて「マインドフルネス」という形で、アップルなどの先端企業に導入され、日本にも逆輸入されているのは、メルカリやSanSanなどに取り入れられていることでもご存じかと思います。

 マインドフルネスとは、「瞑想で、心を今に向ける」ことと説明されます。心を今に向けていないと、茶の点前も、きちんとできません。点前の稽古がうまくいかないときは、心にゆとりがなく焦っているときだったりします。

 マインドフルネスで、「吐く息と吸う息だけに意識を集中しなさい」と言われてもうまくいかない方は、動作に意識を集中することも、寂の状態に近づいていくためのアプローチであることを知っておいていただいてもよろしいかと思います。

 坐禅を行い続ける「定坐三昧」に対して、堂内を歩き続ける「常行三昧」という修行もあります。そもそも、息を吐いて吸うことも人間の動きであると考えれば、動きに意識を集中させることが「寂」への道とも申せましょう。

 三昧についても触れておきましょう。一心不乱に仏事を行うことという意味であった三昧は、仏教以外の世界になると「贅沢三昧」「放蕩三昧」「悪行三昧」などと悪い意味になってしまいます。これらの三昧は、同じ一つのことを行うにしても、「好き勝手に心のままにする」ということを示しています。

 修行が、「三昧」から「寂」の状態を求めて行われてきたのは、一心不乱になにごとかに打ち込んだのちに訪れる心の状態を求めていたからです。

 テレビドラマ化されて大人気を博した『半沢直樹』では、壁にぶち当たった半沢直樹が、剣道の稽古に打ち込むシーンが印象的でした。一心不乱に剣道稽古に打ち込んだ剣道部時代の自分を思い出して、半樹は、巨悪に立ち向かう自分から迷いを断ち切り、挑みかかっていく心構えとエネルギーを得ていたのではないでしょうか。

 逆に、明日のプレゼンテーションを前にして、一心不乱に準備に取り掛かかり、準備が整った後で、ふと、スポーツの後の満足感に似たものを感じて不思議に思った方もおられると思います。

 対象をとわず、精いっぱいやり切るには、集中が必要で、そのあとに訪れるのが「寂」なのです。

仕事から人生に展開させれば

 笑顔で人に接して互いに心を開き、相手を尊重し、自分にうそをつかずに、精いっぱい課題に邁(まい)進する。これが、現役時代の「和敬清寂」といえましょう。しかし、人生100年時代、現役時代に教訓を限ってはもったいないかもしれません。

 「寂」は、ブッタがこの世から別れをつげた状態と伝えられることから、僧侶の死には「入寂」という言葉が使われます。「寂」が最後にあることから、「和敬清寂」をライフサイクルになぞらえてみましょう。

 幼い頃は、人と仲良くすることを心掛け、長じては、相手を尊敬することを身に着け、心や行いが清らかであると行いを振り返りながらも、その時々を充実して燃焼しきった結果として、安らかな死を迎えられる。

 人生100年といってもまずは、人生の中で何十年を費やす「仕事」に対して、「和敬清寂」の心掛けを生かして、充実したビジネス・ライフが過ごせてこそ、トータルの人生の満足度が上がることだと思います。

 「和敬静寂」は、茶席の床の間に飾っておくだけではもったいない言葉です。

田中仙堂

田中仙堂 1958年、東京生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。大日本茶道学会会長、公益財団法人三徳庵理事長として茶道文化普及に努める傍ら芸術社会学者として茶道文化を研究、茶の湯文化学会理事。(本名 秀隆)。著書に『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『お茶と権力』(文春新書)、『岡倉天心『茶の本』をよむ』(講談社学術文庫)、『千利休 「天下一」の茶人』(宮帯出版社)『お茶はあこがれ』(書肆フローラ)、『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版)他。

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