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いくら「お願い」してもニッポンの賃金は上がらない──その3つの原因とは働き方の「今」を知る(3/5 ページ)

» 2023年02月08日 07時00分 公開
[新田龍ITmedia]

(1)儲からず、赤字でも延命できてしまう

 一つ目は、そもそも多くの企業は賃上げできるほど儲かっておらず、かつ赤字でも延命できてしまう問題だ。

 国税庁「令和2年度分会社標本調査」によると、わが国に法人企業は280万4371社存在しているが、そのうち赤字の会社はなんと173万9778社にのぼり、全体の6割以上(62.3%)を占めているのだ。

 過去推移をみても、終戦後から1970年代半ば頃までは、わが国における赤字企業の割合は30〜40%程度で推移していた。しかしその後は右肩上がりとなり、バブル経済が崩壊した92年頃を境に現在までずっと50%を超えている。直近20年ではさらに65〜75%程度にまで増加してしまっているのだ。

 「長年にわたって、全企業の6〜7割が赤字」という状況は、国際的にみても異常だ。少し古いデータとなるが、総務省調査によると、米国、英国、ドイツなど主要国の赤字法人割合はだいたい45〜55%程度。しかも諸外国の数値はリーマンショックによる不況期により近しく、赤字企業割合が平時より高かったであろうことが想定されるため、わが国の異常値が際立って見える。

総務省より

 赤字になるということは、ビジネスの利益が出ていないということだ。ということは、それだけ会社が倒産してしまったり、廃業したりする割合も高いと想像されるかもしれない。しかしこちらの国際比較においても、わが国の特異性が明らかなのだ。

 俗に「ベンチャー企業が創業してから5年後まで生き残る確率は15%、10年後は5%。生存競争は非常に厳しい」などと言われるが、わが国においてその論説は当てはまらないようだ。例えば、中小企業庁が公表した「起業後の企業生存率」調査においては、わが国における起業5年後の生存率は81.7%。おおむね40%台の欧米に比べると圧倒的な高さであり、「生存確率15%」とはどこから出てきた数字なのか、訝しく思われるレベルなのである。

 また、中小企業白書「起業の実態の国際比較」を参照しても、わが国の廃業率は経年でもおおむね3〜4%台を推移。国際的に見ても、日本は「会社が潰れにくい」国といえよう。

 赤字会社が3分の2を占めているのに、その多くは潰れないまま生き永らえている。その理由は、「会社が赤字を出すメリットがあるから」であり、かつ「赤字でも延命できる仕組みがあるから」に他ならない。

 企業側にとって、赤字決算によって生じるメリットは何と言っても、「法人税を払わなくて済む」ことだろう。通常、法人企業は決算時に利益に対する法人税の納税義務がある。しかし、利益が出ていない赤字決算の場合は法人税がかからない。そのため、節税目的であえて赤字決算に持ち込むケースも少なくないのだ。逆に、法人企業数では全体のわずか0.8%にすぎない資本金1億円以上の大企業が、わが国の法人税の実に約7割を負担している、というのが現状なのである。

内閣府より

 税制面では他にも、赤字企業を延命させたいのか? とさえ思えるような仕組みが存在する。その一つは、「赤字を翌年以降も繰り越すことができ、法人税をさらに軽減できる」ことだろう。

 赤字決算の場合、その赤字額を翌年以降に繰り越せる「繰越欠損金控除」という制度を利用できる。仮に今期A社が1000万円の赤字で、翌年の業績が好調で500万円の利益が出て黒字になったとしよう。本来であれば翌年の利益には法人税が発生するところだが、この制度を利用して赤字額を通算すれば、1000万円−500万円=「2年間で500万円の赤字」という計算になる。

 従って、その期の法人税を払わなくていいだけでなく、翌年以降の法人税も軽減されることになるのだ(ただし、繰り越せる赤字は最大10年分と決められているほか、資本金1億円を超える法人は赤字決算の繰越金額に制限があるため注意されたい)。

 さらには、「赤字が出た場合、前期に納めた法人税を取り戻せる」という制度もある。前年度に黒字を出して法人税を納めた後、翌年度に経営悪化などで赤字を出してしまった場合、「法人税の欠損金の繰戻し還付」という制度を用いて、前年度に納めた法人税の一部を還付してもらえる仕組みなのだ。確定申告書や還付請求書の提出など、一定の要件を満たす必要があるが、期末の資本金が1億円以下の中小企業のみが使える制度である。

 その他にも、中小企業は法人税率が低めに設定されていたり、接待交際費についても課税の特例があったりするなど、さまざまな税制上の優遇措置が用意されている。歴史を振り返れば、1964年の「中小企業基本法」制定以来、わが国では中小企業保護政策に莫大な税金が費やされてきた。

 バブル経済崩壊のタイミングでは、銀行は不良債権の顕在化を先送りし、共倒れを防ぐために「追い貸し」や「金利減免」をおこなったし、2008年のリーマンショック時には当時の民主党政権が「金融円滑化法」を制定。借入条件を緩和したり、返済に一定の猶予期間を与えたりすることで、中小企業の資金繰りをサポートした。そして今般のコロナ禍においては、政府主導で莫大な補助金と、実質無利子・無担保で融資する、いわゆる「ゼロゼロ融資」を提供するなど、中小企業の延命策は脈々と継続されている。

 それもこれも、わが国の企業全体の99.7%を中小企業が占めており、中小企業で働く従業員数は全体の約70%と、日本の経済も雇用も中小企業によって支えられているからに他ならない。

 確かに、これらの対応は草の根レベルで雇用を守っている中小企業を下支えするのに役立ったし、金融危機や天災に見舞われた際には、倒産によるさらなる危機の連鎖や、失業者の発生を予防する効果もあったことだろう。一方で、手厚すぎる保護政策によって、利益も創出できず、従業員に十分な給料も払えない、生産性の低い産業や企業を温存させることにつながり、日本経済の長期低迷をもたらす一因となった、とも考えられる。

 ご存じの通り、わが国では大企業に比べて中小企業の賃金水準は低い。2021年度版厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、企業規模別の賃金格差は大企業を100とした場合、中企業は87.3、小企業は80.8となっている。

 すなわち、さほど儲からず、高い給料も払えない中小企業を守り続けることで、そこで働く人たちの雇用は守られる一方で、低い給与水準もまた維持されてしまう、という構造問題が存在するのだ。

 赤字で事業を継続するのがやっとという中小企業が、満足な賃上げなどできるはずがない。政府として賃上げを目指すならば、経済状況を改善するのみならず、生産性の低い中小企業が適切に淘汰される仕組みなど、思い切った構造改革が必須であろう。

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