春闘の効果、実は“ブラックボックス”──異例の「3.8%賃上げ」に本当に役立っている?「春闘無用論」を考える(2/2 ページ)

» 2023年03月22日 12時00分 公開
[神田靖美ITmedia]
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春闘にはどんな機能があるのか

 春闘には4つの機能があります 。1つ目は、効率的な交渉ができることです。同時に交渉をすることで、経済情勢や業界環境に関する情報を共有できます。また同時であるだけに、個別の組合や企業は法外な要求や理不尽な回答ができません。

 2つ目は、春闘で決まった賃上げ率・額が相場となり、労働組合がない中小企業や地方自治体の賃金に波及していくことです。もし春闘がなければ、大企業と中小企業の賃金格差は今より一層広がっていたかもしれません。

 3つ目は、経済情勢からみて妥当な賃金決定がしやすいことです。経済情勢について、春闘に参加する全ての企業で議論しながら交渉するためです。

 4つ目の機能は、賃金以外の労働条件についても交渉することです。23年の春闘では、連合は賃上げだけでなく長時間労働の是正や雇用の安定、正規と非正規の格差是正などを闘争方針に盛り込んでいます。人によっては賃金よりむしろこれらの労働条件を重視する人もいるはずです。

春闘無用論の根拠

photo 画像はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

 一方で春闘には無用論もあります。その最大の根拠は、賃金決定が一律ではなく個別化していることです。

 労働組合と企業が交渉し、「今年の賃上げ率は5%」と決まったとします。そのとき、賃金を年齢や勤続年数で決めている企業なら、どの社員でも5%上がります。しかしそうした企業はまれで、多くは賃上げ額を人事評価の成績で決めています。その場合、成績が良い人は7%上がるかもしれませんし、成績が悪い人は3%しか上がらないかもしれません。働く人にとって関心があるのは当然、全体ではなく自分の賃上げ率です。

 また成績によって異なる賃金決定では、企業側は本当に全体で5%上げていることを証明できません。個人別の成績まで公表したら証明することができますが、それは無理です。働く人も全体で5%上がったのかどうかを確かめることができません。このような状況では、全体で何%の賃上げであるのかは、個人にとってはいわば「どうでも良いこと」です。そのような、結果が見えないもののために「闘争」するのは無駄であると考える人もいるはずです。

 春闘無用論のもう一つの根拠は、賃金が上がっていることが、果たして春闘の成果なのかどうかはっきりしないことです。従業員一人あたり付加価値のことを「労働生産性」と言います。賃金は基本的に労働生産性に連動し、これ労働組合の交渉力や労働力需給のバランスなどが影響を与えて実際の賃金が決まります。

 しかし過去の実績をみると、賃金はほぼ労働生産性だけに連動しており、春闘の効果は限定的なように見えます(図3参照)。

photo 図3:賃上げ額と労働生産性の関係/連合『春季生活闘争最終回答集計 平均賃金方式』、財務省『法人企業統計調査』より筆者作成。縦軸はともに2007年を100とする指数。労働生産性は財務省『法人企業統計調査』による、資本金10億円以上の法人企業の従業員一人あたり付加価値。

 冒頭の図1を見ると明らかな通り、賃上げに関する労働組合の要求と企業側の回答は、23年を例外として相当乖離しています。これで労働争議が起きない「闘争」というのも奇妙な話です。

 日本の、労働争議による労働損失日数(ストライキによって行われなかった延べ労働日数)はアメリカの1600分の1、フランスの1000分の1、韓国の280分の1です。労働政策研究・研修機構の呉学殊・統括研究員は「企業は賃金決定の際に、労働者の集団的な行動によりもたらされる労使関係の不安定を気にしなくなってきている」と指摘しています 。今年の賃上げラッシュも、春闘が始まる前から企業側が表明していました。

それでも春闘は必要

 それでも春闘は必要であり、今後も続いていくでしょう。まず、労働組合は無力では決してありません。労働組合がある職場で働くこと、あるいは労働組合に加入することが賃金に与える影響は十数%あるという研究結果があります。もし春闘がなくなったら、労働組合の仕事は激減し、組合自体がなくなってしまい、労働組合があることによる賃金のプレミアムもなくなってしまいます。

 また春闘がなければ、労働条件について働く人と企業が討論する場がなくなってしまいます。高い雇用保障や希望者全員65歳まで再雇用、年次有給休暇の計画的付与なども労使の話し合いの結果実現したものです。経団連は一時「春闘ではなく『春討』と呼ぼう」と提唱していました。

 ただ、賃金決定に対する影響力を持つことが今後の春闘の課題でしょう。

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