ペンギン池騒動と職場セクハラの共通項 笑いと非難の境界線はどこに働き方の見取り図(3/4 ページ)

» 2023年04月07日 05時00分 公開
[川上敬太郎ITmedia]

 ただ、目の前で繰り広げられるシチュエーションから何を連想するかは、人それぞれ異なるものです。良し悪しは横に置くと、ペンギンや動物園側の迷惑を連想しなかった視聴者はペンギン池騒動のお約束を見て素直に笑えたでしょう。それどころか、もっと過激な行為を期待していたかもしれません。そのように素直に笑えた人たちからすれば、お笑いタレントが体を張って笑いを取ろうとペンギン池に落ちた行為を非難する声は野暮だと映りそうです。

 一方、上島さんの熱湯風呂のお約束に対して、中には「子どもたちがマネしてヤケドしたら危険だ」「イジメを誘発する」などと考えて眉をひそめる人もいると思います。お約束に対して、どこまでを節度として期待し、節度からは外れているかもしれないとしても、どの程度までなら許容しないと野暮と感じるかの境界線は人それぞれ異なるものです。決められた正解に沿って一律に線引きなどできないだけに、どうしても曖昧さは残ってしまいます。

「ペンギン池騒動」と「職場のセクハラ」の共通項

 同じように、期待と野暮の境界線の曖昧さが判定を難しくしているものに職場でのハラスメントがあります。例えば、多少の下ネタなどは笑い飛ばしてしまう人たちばかりが集まっている職場であれば、めったなことでセクハラが問題視されたりはしません。

 それどころか、むしろ職場で交わされる雑談や飲み会の席では、場を白けさせない節度としてある程度下ネタを楽しむ姿勢を持つことが期待されそうです。そんな雰囲気の中で下ネタに目くじらを立て「それ、セクハラですよ」などと指摘すれば、周囲からは野暮だと受け取られかねません。

 一方で、下ネタどころかおふざけなど一切通じない堅い職場もあります。場を和ませようとしたちょっとした冗談であっても浮いてしまい、ハラスメント認定を受けやすいかもしれません。

画像はイメージ(提供:ゲッティイメージズ)

 また、期待と野暮の境界線は時代の変化によっても変わります。オフィス内でタバコをふかして仕事する光景が珍しくなかった時代の感覚では、女性社員を一括りにして「この書類を“女の子”に破棄させて」などという業務指示を聞いても、ほとんどの人が抵抗感なく受け入れていました。また、飲み会の席で酩酊(めいてい)した男性管理職が女性社員の肩に手を回すような行為をしても、ご愛敬で済まされる職場は珍しくありませんでした。

 時代とともに期待と野暮の境界線が変化してきていると感じるのは、テレビ番組でも同様です。かつては、子どもたちが見るドリフターズのコントなどでも一糸まとわぬ女性の姿が映し出されたりすることがありました。また、性的マイノリティを揶揄(やゆ)するようなキャラクターがゴールデンタイムのバラエティー番組に登場してお茶の間の笑いを誘ったりもしていました。

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