アップル「Vision Pro」は「Meta Quest」と何が違うのか本田雅一の時事想々(2/4 ページ)

» 2023年06月09日 16時30分 公開
[本田雅一ITmedia]

 ハードウェアの構造的な面でいえばQuest 3もVision Proも大きくは違わない。しかし、それはキャビンに4つの車輪を付け、動力と操縦機構を付与すれば、それは自動車という同じカテゴリーに入りますよね? といっているようなものだ。

 Meta Questシリーズは、手軽に仮想現実へと没入する体験をもたらす意味で優れた製品だが、体験の質という面では妥協の産物としかいいようがない。もちろん、Vision Proも妥協はしているのだが、QuestシリーズはProも含めて利用シーンをあらかじめ定めた上で、価格とスペックを最適化し、技術的な困難に立ち向かうというよりも、どのように困難を避けて使える道具にするかに挑戦している。コンシューマー向けはゲームやコンテンツ視聴を、業務向けはメタバースを通じた新しい働き方、プロジェクトの進め方の提案に絞り込んでいる。

 これに対してVision Proは、あくまでも汎用のコンピュータを目指している。Questシリーズが実現しようとしている世界観も包含しているが、それはアップルが“空間コンピューティング“と表現しているもののごく一部でしかない。

 個人向けのQuestシリーズは視覚を乗っ取り、仮想世界へと引き寄せて楽しませる驚きのエンターテインメント体験をもたらしてはくれるが、汎用的なコンピューティングの基盤ではない。これはオンラインコミュニケーションの質を高めることで、仕事のスタイルを刷新しようしているQuest Proも同じだと思う。

 一方Vision Proは、この種のデバイスにあるさまざまな制約を乗り越えて、さまざまな用途に用いることが可能な汎用のコンピュータデバイスにすることを目指している。アップルがそう話しているわけではないが、“空間コンピュータ”という名称を含め、そのように強く感じさせるのだ。

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 これはコンピュータを個人のものにしたApple II、個人向けコンピュータを持ち歩けるものにしたDynabook、手のひらの上で操れるものにしたiPhoneなどと同様に、パーソナルコンピューティングの新しい形、コンピュータと人間の新しいインタラクションの定義に挑戦している。

 どちらが良いということではなく、よく似た手法ではあるものの、目指している方向や場所が異なる。あるいは最終目的地は同じでも、その経路が異なるといえばいいだろうか。

妥協なしにMixed Realityに挑戦したVision Pro

 もちろん、アップルとて魔法のように感じる製品は作れても、本当に魔法を使えるわけではない。しかしVision Proでは驚くほど多くの技術とそれをまとめ上げる綿密な開発努力の末に、魔法のように感じられる新しいコンピュータジャンルへの扉をひらいた。要素技術の全てをアップルが持っているわけではない。

 しかし、調達するコスト、それを使いこなすための困難を乗り越えられたのは、一切の妥協をしなかったからだろう。妥協せずに挑戦できる環境がアップルにはあったからだ、といえば簡単だが、やり遂げる困難は決して低いものではなかったはずだ。

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 Vision Proには、ほぼ間違いなくソニーが研究開発していた1インチサイズで4K解像度のOLEDディスプレイを実現したマイクロOLEDデバイスが採用されている。一般的なVRヘッドセットに使われるディスプレイの3〜4倍の画素数だ。

 この解像度を持つマイクロOLEDは、実はソニー以外も開発を目指していたが、さまざまな困難からなかなか実現できずにいた。それがやっと製品に組み込まれるようになるのが来年なのだ。その成果は目覚ましいもので、画素間のメッシュはもちろんだが、そもそも画素の存在を感じさせない滑らかさだ。当然ながらギザギザの輪郭などとは無縁である。

 当然ながら高価なデバイスだが、単にデバイスの単価が高いだけではない。

 これだけの画素に高品位なグラフィックスを表示するには、当然ながら大きなグラフィックスパワーが必要だ。それも独自のMac用SoCのM2を使えばクリアできるだろうが、単に高性能な半導体があれば実現できるものではない。Vision Proが目指しているのはVRゴーグルではないからだ。

 現実空間と仮想空間を融合させた視覚をユーザーに与える、妥協のないMR(Mixed Reality)パーソナルコンピュータを作るには、さらなる難関がある。

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