伊澤 というのも、従来の信託契約は書類契約でしたが、今回、KENDRIXでeKYCを取り入れたことにより、こちらもeKYCで行えるようになりました。同じ形にしたいという要望が多かったためです。
こういった手法で事業をアップデートした経験は、JASRACにとって大きな資産になるでしょう。何かを新しくする際、今までのやりかたを完全に壊して次の形に変えるのはリスクがあります。新しいものに変えて確実に成果が出るとは限りませんし、それにまつわる業務の在り方も変えなければなりません。変えることへの抵抗感や不安もあるはずです。
しかし今回のように、メイン事業に影響しないよう別ルートで新しいやり方を試し、その結果と従来の方法を比べながら、“良いもの”に寄せていくのは、極めて現実的でリスクの低いやり方ではないでしょうか。関わる人の合意形成も取りやすいと感じました。
小林 別ルートで同時進行する分、コストをかけずスピード感を持って行うことが求められます。その点でもスモールスタートの価値が出るのではないでしょうか。
伊澤 はい。もう一つの副産物として、今回の事例を通じて、ソフトウェアにおけるプロジェクト開発の最前線を体験できたのも大きいですね。ソフトウェアは「完成形がない」という前提で始まり、期間を限定して最大のリソースを注ぎ込むより、継続してできるよう適度なリソースを投入することや、最初から100%全てを作り上げるのではなく、「まずはここに集中しよう」と限定して作っていくといったやり方は新鮮でした。
小林 ソフトウェアの強みはアップデートし続けられることであり、変化に対応し続けられることだと思っています。最初は自分たちで仮説を立ててサービスを作るとしても、その後はユーザーと対話しながらアップデートしていく。それが理想だと思いますし、KENDRIXもその形で作っていきます。
伊澤 今回は前例のないプロジェクトだったので、特定の部署で担当せず、各部署から若い人材を選抜してチームを組みました。そのメンバーが新しい仕事のアプローチに触れ、いずれ自分の所属する部署に還元できるのは大きな価値でしょう。
小林 最後に、今後のKENDRIXについてどんな展望を描いていますか。個人的に感じるのは、音楽だけでなくアニメや漫画でも個人のクリエイターが増え、同じような著作権の問題が起きています。その点でも何か考えていることはあるのでしょうか。
伊澤 まずは音楽の領域において、KENDRIXが足場となり個人クリエイターをサポートしていきたいと思っています。さまざまな音楽ビジネスの契約の基盤として使っていただければうれしいですね。
アニメや漫画といった領域については、すぐに私たちが何かする段階ではありませんが、それらに関わる方にとってKENDRIXがどう映るのか、伺ってみたいですね。
無断利用やなりすましは音楽に限りません。例えば今後、AIが描いた絵やイラストが世の中に出ていくことも増えます。その際、AIが学習したデータの中に、自分の作品が含まれている可能性も出てくるでしょう。もしかすれば、自分の過去の作品とそっくりの絵をAIが描くこともあるかもしれません。そのとき、ベースの作品が自分のものだとどうやって証明するのか。これも考えなければならない問題です。
コンテンツを取り巻く環境が急激に変化していく中で、クリエイターの方々の声をつぶさに聞きながら、エコシステムを進化させていければと思います。
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