「前例のない」JASRACの“小さなDX”がもたらした、大きな副産物理事長に聞く(1/4 ページ)

» 2023年06月12日 07時00分 公開
[小林泰平ITmedia]

本記事について

企業規模の大小・業種を問わず、あらゆる企業にとって無視できない存在となったDX。あの有名企業はどのようにDXを実現したのでしょうか。本連載では、企業のDXを多く支援している小林泰平氏(Sun Asterisk代表取締役)がモデレーターとなり、キーパーソンとの対談からポイントを探ります。

 SNSやテクノロジーの発展により、事務所に所属せず、個人で楽曲を制作・配信する「DIYクリエイター」が増えている。しかし、その多くは著作権管理を十分に行えておらず、楽曲の無断利用やなりすましが増加。クリエイターの悩みとなっていた。また本来、クリエイターが著作権によって得られる対価の還元も十分に受けられていない実情があった。

 これらの背景には、著作権管理を個人で行うのは難しく、手続きも複雑という課題があるという。日本音楽著作権協会(JASRAC)は、クリエイターの各種手続きのハードルを下げ、対価を還元する環境を整えるプラットフォーム「KENDRIX」を開発。プロアマ問わず使えるものに位置付けている。

 JASRACにとって前例のないスモールスタートの開発だったが、このプロジェクトそのものはもちろん、結果としてメイン事業や組織全体に大きな副産物をもたらしたという。以前からシステム部長としてデジタル改革を率いてきた伊澤一雅氏(JASRAC理事長)と、Sun Asterisk代表取締役・小林泰平が対談。プロジェクトを振り返った。

photo 伊澤一雅氏(JASRAC理事長)

なりすましや無断使用 「自分の曲」だと証明するのが難しい

小林 近年、楽曲を作るクリエイターの数は急激に増えていると思います。JASRACの立場からはどう見ていますか。

伊澤 プロアマ問わず、個人で楽曲を制作・配信する「DIYクリエイターの時代」が到来したと考えています。YouTubeやニコニコ動画などの投稿型SNSがこの波を作ったといえるでしょう。その中で課題となっているのが、これら個人の楽曲がカラオケやイベント、他メディアなど“外”に展開されたときです。

 さまざまな場面で楽曲が使用された際、楽曲制作者に「対価の還元」が行われるのが著作権管理の本来の形です。クリエイターと著作権管理団体が信託契約(管理委託)を結び、楽曲使用料などが分配されるもので、JASRACも管理団体の一つ。しかし、現在増えているDIYクリエイターの多くは、こうした手続き・管理を行えておらず、十分に対価の還元を受けられないケースが増えているのです。

 さらに、楽曲の無断利用やなりすまし被害も増えています。レコード会社や事務所に所属するクリエイターなら、周囲に自分が作ったことを証明する人がいます。しかし1人で行う活動では、なりすましや無断利用をされた場合に「自分の曲」だと証明するのが難しいのです。ハンドルネームでの活動も多く、証明はより複雑になっています。

小林 クリエイターの在り方が変化する中で、そういった問題が出てきたのですね。

伊澤 JASRACなどの管理団体に任せることで、他のメディアや機関で楽曲を使用しやすくなることにもつながります。コンプライアンスの問題から、著作権の不明な楽曲は使わないというケースもあるのです。

小林 そもそもクリエイター個人が著作権の手続きを十分に行えていない理由はどこにあるのでしょう。

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