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ハッキリ分かっていると、なぜハッキリ伝えられるのか伝えたいこと(1/3 ページ)

» 2023年07月24日 08時00分 公開
[松永光弘ITmedia]
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素材が的はずれなら、工夫は生きない

「伝え方――伝えたいことを、伝えてはいけない。』(松永光弘/クロスメディア・パブリッシング)

 なぜ「伝えるべきこと」を「はっきり分かっている」と、「はっきり伝えられる」のか。「伝える」という行為を読み解きながら、もう少しだけ詳しく説明しましょう。

 私たちは、誰かに何かを伝えるとき、かならず〈表現物〉をつくります。文章もそうですし、話して聞かせるお話もそう。デザイナーがつくるロゴマークやポスター、クリエイターがつくる動画などもそうです。

 形態や用い方はさまざまですが、なにかしらの〈表現物〉をつくり、それを人に投げかけることで、「伝えよう」とします。

 では、その〈表現物〉は、どのようにつくられるのか。

 「表現する」「つくる」というと、まず思い浮かぶのは、実際に手などを動かして、何かをかたちづくる作業でしょう。文章でいえば言葉を書いていく作業がそれですが、いろんな情報や要素といった素材を加工しつつ、構成を工夫したり、順序立てて配置したりしながら、「組み立てる」ようにして、かたちにします。

 でも、それはあくまで〈表現物〉をつくる最終段階の話です。

 実際には、その前に「組み立て」のために「必要な素材を集めるプロセス」が存在します。

 文章でいえば、盛りこむべき事実だったり、データなどの情報だったり、考えや思いだったりといったものをあちこちから見つくろう。いわば素材を「選びとる」プロセスです。

 こう書くと、執筆のための下調べの話のようですが(それも含みますが)、いまここでとくに注目したいのは、もっと思考に近い部分の意識の動きです。振り返って思い浮かべていただくと分かるように、文章を書いたり、話をしたりするときには、誰しも、

 「あの出来事を書こうかな……。いや、ふさわしくないか」

 「あのデータを入れてみようか……。いいかもしれない」

などと、いろんなことを思い出しながら、盛りこむべき素材を吟味します。

 そして、そこでふさわしい、適切だと判断したものをつかって、文章やお話を「組み立て」ていく。

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