同じように伝えるコミュニケーションの構造的事情に足をとられがちなのは、選挙運動でくり広げられる演説です。
候補者たちは「伝えたいこと」を豊富にもっています。そして、そこには正義があると信じてもいる。
でも、その自信のせいで、受け手が自分の話に耳を傾けないこと、スルーしがちであることにあまり意識が及びません。
むしろ、「大切なことを話しているのだから、聞かないほうが悪い」といった心理状態に陥りがちになり、一方的に「伝えたいこと」を投げかけつづけ、結果、「伝わらなかった」ということになったりする。
広告の世界でも、昔から、もっとも難しいのは、社会問題などについてアピールする公共広告制作だといわれています。社会にとっての正論を訴えかけようとすると、つい「伝えたいこと」をそのままぶつけてしまいがちになるからです。
こうした例からも分かるように、伝えるコミュニケーションの最大の落とし穴のひとつは、「聞いてもらえる前提」「読んでもらえる前提」でものを考えることにあります。
「第2の橋」はずっと架かっている、その橋は落ちたりしない、という勝手な思いこみのなかで伝えようとしてしまうのです。
「伝えたいこと」と「伝えられたいこと」は必ずしも同じではありません。「いいたいこと」と「聞きたいこと」はやっぱり違う。
ですから、確かに文章を書いたり、話をしたりする前に、ひとことでいいあらわせるレベルで主張を自覚することは大切ですが、それは自分が「伝えたいこと」をしぼりこむ、そのまま研ぎ澄ます、結晶化するという意味ではありません。
「伝わる」ようにしたいなら、ひとことでいいあらわす時点で、相手(受け手)が納得して、あわよくば共感するような「伝えられたいこと」へと、「伝えたいこと」を変換しておく必要があるのです。
【まとめ】
伝えたいことを、伝えてはいけない。
この記事は、『「伝え方――伝えたいことを、伝えてはいけない。』(松永光弘/クロスメディア・パブリッシング)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです。
1971年、大阪生まれ。これまで20年あまりにわたって、コミュニケーションやクリエイティブに関する書籍を企画・編集。クリエイティブディレクターの水野学氏や杉山恒太郎氏、伊藤直樹氏、放送作家の小山薫堂氏、コピーライターの眞木準氏、谷山雅計氏など、日本を代表するクリエイターたちの思想やものの考え方を世に伝えてきた。自著に『「アタマのやわらかさ」の原理。クリエイティブな人たちは実は編集している』(インプレス、編著に『ささるアイディア。なぜ彼らは「新しい答え」を思いつけるのか』(誠文堂新光社)がある。
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