マーケティング・シンカ論

チケット最高額は1200万円 ドコモが「バイエルン対マンC」でスポーツ興行に参入した狙い携帯、配信に次ぐ収益源に(3/3 ページ)

» 2023年10月25日 08時00分 公開
[武田信晃ITmedia]
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ドコモとJリーグ データで連携

 今回、両試合のより詳しい情報を載せる特設サイトは、Jリーグ側ではなくドコモ側のサイトに置いた。通常ならJリーグ側のサイトに置かれるのが常識だ。だが今回は違う。そこにはこんな狙いがある。

 「今回はドコモが主体となってプロモーションをしたいとJリーグ側に提案し、理解してもらいました。ドコモはdポイントクラブ会員約9600万人の顧客基盤から得られる豊富な行動データを持っていますし、『dmenuスポーツ』というスポーツ情報に特化した配信サイトを有しています。ドコモの資産を活用した方が、海外サッカーに関心のある人たちや、Jリーグに関心のある方に広くアプローチできると考えました。

 チケット販売前のティーザー期間では、チケット販売開始日やキャンペーン情報などをお知らせするボタンを特設サイト内に設計し、関心の高い方に情報解禁の都度、最新の情報を届けられました」(小島氏)

 23年9月現在、JリーグIDの登録者数は360万人で、dアカウントの33分の1だ。Jリーグが、日本人口の約75%をカバーするID登録者数を誇るドコモに期待したことは容易に想像がつく。

 さらにドコモは、決済データ、位置情報、家族構成など細かな生活者データを分析できる。過去にドコモが取ったデータと、Jリーグ側が持っているデータとを比較した際に、異なる点が出てきたという。

 例えば、Jリーグ側で実施した観戦者調査では、回答者のスタジアム来場回数は4〜6回という回答の人が多かった。ところが、ドコモが取得できるスタジアム来場位置情報を基にアンケートを取ると、回答者のうち来場回数が1〜2回の人が相当数いたのだという。この違いはどこから来るのか。

 「実はJリーグさんのヒアリングは、試合当日のスタジアムで、試合開始2時間前に実施していました。来場回数が少ないお客さまはスタジアムの楽しみ方をまだ知らない方も多いので、試合開始の直前に来られる方が多い。つまりJリーグさんの調査は、結果的に『熱心なファン』がアンケート対象者の多くを占めた可能性が考えられます」(鈴木課長)

 こうした点からも、ドコモのリソースを有効活用することによって、今後のJリーグの事業戦略、マーケティング戦略により良い効果を与えられるはずだ。

スポーツビジネスを下支えしたい

 ドコモは7月、1週間で3つの世界的なスポーツ興行に携わり、Leminoで無料配信した。23日は横浜FM対マンC、25日はプロボクシング井上尚弥対スティーブン・フルトンのWBC・WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ、26日にバイエルンとマンCの試合だ。

井上尚弥対スティーブン・フルトンのWBC・WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチを7月25日に開催(NTTドコモ提供)

 ドコモは基本的に携帯電話の通信会社というイメージが強い。それだけに国内で大規模な興行を連続して仕掛けたことには驚いた。鈴木課長は「確かに携帯の会社がなぜ、と疑問に思われるかもしれません」と話す。

 以前の一般的なスポーツ興行の収益は、チケット、スポンサー、グッズによる収入が基本だった。その中で、スポンサー企業はお金を払う対価として看板の露出やVIPなどが座る観戦チケットを受け取っていた。

 その後スマホが普及し、個人データを主体としたマーケティングができる時代が到来した。携帯電話会社として膨大な個人データを持つドコモは、その資産をスポーツ興行にも生かせると考えたのだろう。

 「スポーツのスポンサーに対して、従来のような看板での露出やチケットに加え、スポーツ側と協業してドコモの会員基盤をベースとしたマーケティングソリューションも提供できるのではないかと思いました」(鈴木課長)

 スポーツビジネスにおいて、ドコモはデータという付加価値をつけ、自ら興行を主催し、チケットを販売し、協賛セールスの売り上げにつなげたのだ。

 ドコモは興行主でありながら、チケットやグッズ販売、協賛社獲得の業務、さらにはホスピタリティビジネスなどを手掛けた。その理由はドコモが「興行」というビジネスを、新たな収益の1つに育て上げたいからだ。

 スポンサーは、ドコモから得たデータを活用することによって売り上げが伸びやすくなり、それはスポーツ経済圏の拡大につながっていく。スポーツビジネスの市場が広がれば、チームの収益が伸び、選手への給与還元や次世代の選手育成環境への投資が可能になる。裾野が広がることによって、ファンが増え、サッカーなどのスポーツがより伸びていくという好循環のサイクルになってほしいようだ。その意味で、非常に広い視野を持った取り組みだった。

 「今回の興行開催の目的としてJリーグは、Jクラブの国際試合経験機会の創出、そして世界トップレベルの魅力あるサッカーを多くの方々にご覧いただく機会の創出を掲げていて、共同主催するドコモとしても魅力あるサッカーを多くの方々にご覧いただくうえで、Leminoで無料配信いたしました。ドコモは、Jリーグがサッカーの裾野を広げる取り組みの下支えをしていきたいと考えています。その先に、スポーツにおけるドコモ経済圏の拡大を実現させたいですね」(小島氏)

 スポーツ興行の中で、ドコモが「縁の下の力持ち」的な存在になりたいのは理解できる。だが、それではドコモ経済圏拡大のスピードは速まらない。

 「個人的には、ドコモが下支えしていることをファンに知ってほしいということではなく、世の中からの見え方としては『Jリーグやスポーツのファンならdポイント、d払いでないと損だよね』と思われる環境に、自然になればいいと思っています」(鈴木課長)

NTTドコモブース(©J.LEAGUE)

背景にカンパニー制

 ドコモは22年7月に、社内カンパニー制を導入した。鈴木課長らが所属しているスマートライフカンパニーは、非通信領域を担うドコモの新しいビジネスの柱の1つだ。

 ドコモは巨大組織であり(23年3月現在、グループ会社全体の従業員が約4万7151人)、カンパニー制にすることによって、決断のスピードを上げる目的があるという。

 前述のように、興行を収益の柱に育てたいドコモとしては、いろいろなアイデアを具現化しやすいカンパニー制が理想的な組織形態なのだろう。特に今回の目玉となったホスピタリティビジネスは、日本ではまだブルーオーシャンであり、申し分のない収入源となった。

 ドコモという巨大企業がホスピタリティビジネスに参入したことで、これまで以上に関心を持たれることは間違いない。このビジネスが将来的に日本で定着していく可能性が出てきた。

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